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「純愛と妄執に揺れる心」第一章-21

 普段は艶やかでにこやかな笑顔を絶やさない冷泉君のママだけに、怒った顔はとても怖かった。ベンツの後部座席に直哉兄さんと並んで座っているフカフカのシートを味わう余裕もなく、身を竦ませていると直哉兄さんが心配そうな声で聞いてくれた。
「あのう…。僕たちがお邪魔することで何か問題でもありましたか?雅弘のお父様に反対されたとか…。もしそうなら、僕達はここで車を降りて駅まで引き返します」
 冷泉君のママはバックミラー越しに二人を見詰めて、躊躇った眼差しをしていたが、おもむろに綺麗なピンクに塗られた唇を開いた。
「いえ、そうではありませんの。だいたい宅の主人は雅弘の教育問題には口を出すような精神的な余裕はありませんし…仕事のことで頭がいっぱいで。
 大人の話ですが…直哉君がしっかりしているのは良く存じておりますし、純一君も怜悧なお子さんですので。ここだけの話ということで。
 私も普段ならこんな顔は致しませんのよ、特に息子のお友達の前では。しかし、先ほど家庭教師センターと揉めまして…その怒りが収まらないうちにお二人のお迎えの時間が来てしまって…」
 冷泉君のママは鏡越しに二人に頭を下げる。
「揉めるというと?」
 隣の直哉兄さんもとても驚いた顔をしている。冷泉君のママがこんなに怒っているところを見たのは初めてなのではないかと思わせる表情だった。多分、冷泉君のママがこの怒りを持続させたまま家に帰って、雅弘君に八つ当たりしないようにしようと怒りを解いておきたいのだろうなと思う。直哉兄さんは大人の話に口を挟むのは純一が知る限りでは初めてだった。
 直哉兄さんが冷泉君のママから聞きだした家庭教師センターとのトラブルはこうだったらしい。
 数学と英語の家庭教師をキャンセルすると、そのセンターとは縁が切れてしまう。それで当然のことながら退会を申し出た。前夜、家庭教師の先生のいい加減さを聞いてはいたが、そのことを言い立てて騒ぎを大きくする積もりもなかった。ただ「息子のクラブと補習の都合でどうしても時間が取れなくなったので」という表向きの言い訳だけを口にして。
 すると、『退会ですね。休会扱いには出来ませんか?』とか『科目を変更しては?またはレッスンの時間を遅く設定しては如何ですか?』などと色々引き止められたらしい。
 実はそのとても有名な家庭教師センター(レッスン料金を聞いて純一は驚愕した。一時間1万円だった)の「自称」有能なプロ講師のいい加減なレッスンに腹を立てていた冷泉君のママの意思は固くどの提案も断り続けた。すると、営業用の愛想のいい声からとても事務的な声に変わり、「退会ですと、月の最初に振り込んで戴いたレッスン料はお返し出来ない規則となっております。また、『中途解約料金』も書籍代と相殺させて頂きまして…そうなれば更に入金していただくことになります」とのことだったらしい。冷泉君のママはこれ以上このセンターとは関わり合いになりたくなかったので泣く泣く提案を受け入れたのだそうだ。
 そういえば今は4月19日だ。レッスンは数回残っている計算になる。それがまるまる無駄になる。
「わたくしはね、お金のことを申しているのではありませんのよ?それはそれで諦めがつきます。わたくしの情報収集が甘かったということですから。それに入会の時の書類をキチンと読んでいなかった引け目もありますし。ただ、一番悔しいのは『中途解約金』ですわ。ともかく、退会を告げる電話を切ってから調べてみましたの。そのお金は本代などでは相殺出来るいわれのないお金でしたのよ」
 冷泉君のママは言葉こそいつものように丁寧だったが、声がいつもよりも高くて怒っているのが分かる。
「『中途解約金』というのは何ですか?」
 知識欲では直哉兄さんも純一も負けていない。ただ、今まで話していたのが冷泉君のママと直哉兄さんだったので、兄さんが聞いている。
「『特定商取引法』という法律が有りますの。その法律では契約を何らかの事情があり途中で解除する時には『中途解約金』というものを支払う義務がありますのよ。最高で5万円なのですが。ただし、このお金は他のものとは独立して支払うべきもので、ましてや家庭教師センターのテキスト――それも本屋さんで購入すれば数百円から千円くらいのものですわ――を無理やり押し付けておいて…それも、スタッフの方が『これはサービスです』と最初に仰ったものなのですわよ。それが辞める今となってあれは有料で、中途解約料金にプラスしてお支払いするなど、『泥棒に追い銭』ですわ。でもいたずらに騒ぎ立てたくはございませんし…お支払うしかありませんわね」
 冷泉君のママは諦めとがっかりした口調だった。
「それはとてもお気の毒でした…色々な悪徳業者が居るのですね。僕が代わりに雅弘に一生懸命英語を教えて今度の小テストでいい点を取って貰うように頑張りますから」
 中学に入った直哉兄さんは背も伸びたが、声も低くなった。真剣に、そして穏やかに話す声には人の心を沈静化する不思議な力が宿っていると純一は思う。
「ええ、宜しくお願いしますわ」
 冷泉君のママも直哉兄さんの言葉に感化されたのか、声がいつもの穏やかなものに戻っていた。
「僕も頑張って数学を教えます。昨日は直哉兄さんのベッドの中で貸してもらった数学の問題集の中からテストに出そうな問題を考えて、その問題をどう冷泉君に教えればいいかを練習してきました」
「まぁ…そんなことまでなさって下さったの?でも、テストに出そうな問題をどうやって予測されたのかしら?」
 ミラーに写る冷泉君のママはいつも以上に綺麗な笑顔だった。
「昨日、冷泉君の数学のノートをチラッと見せて貰いました。その時に先生が好んで解く問題が分かりましたから」
「まぁ、そんなことまで分かるのね。これならあんなセンターに頼まずにもっと前からお願いすれば良かったわね」
 ベンツを家の前で停めて、リモコンで車庫のシャッターを開ける冷泉君のママを先に車を降りて眺めていたが、すっかりいつもの明るくて優しそうな横顔だった。これなら冷泉君も八つ当たりの叱責はされないだろう。
 隣に立つ直哉兄さんの声がした。
「『特定商取引法』って知っている?」
「知らない。憲法しか参考書に載ってないもの」
「そうか。でも、チラッと聞いたことがある。家庭教師とかエステとかの会社に適用される法律みたいだ」
「エステも?」
 忘れもしないお母さんの面影が脳裏をよぎる。「特定商取引法」という法律がどんなものかを調べてみたい気がした。
「そう。僕の友達――純一にも全員紹介したけど――のママがそんなことを言っていたような気がする。純一のお母さんはエステティックサロンを経営していたのだろう?この法律を調べてみる価値はあると思うよ」
 直哉兄さんは相変わらず純一のことを考えてくれている。その揺るぎないお兄さんの気持ちに胸が熱くなった。
「でも、どうやって調べよう…冷泉君の家庭教師になったら、それでなくてもお勉強の時間が少なくなるのに…図書館に行く時間もないくらいだよ?」
「『ひまわり園』に共有のパソコンがあるだろう?あれは、子供が見ると有害なホームページには接続出来ないような設定にはなっているけど、法律関係のサイトなら検索すれば閲覧は出来ると思う」
 ああ、パソコンか…と思った。そういえば「ひまわり園」にも一台、食堂の横に自由に使って良いパソコンがある。そのパソコンは大谷園長の知り合いの電気屋さんがリサイクルされたパソコンを寄付してくれたのだ。年代物だがちゃんと動くし、インターネットにも繋げることが出来る。これもまた年代物のプリンターも接続されている。施設のお兄さん達が「アダルトサイトも接続出来ればいいのに」と不満を漏らしていたパソコンだ。
 冷泉君の家に入ると、とっても美味しそうなビーフシチューの香りがした。施設で出て来るような市販のルーを更に薄めたシチューの匂いではなく、お母さんが生きていた頃にハウスキーパーの青井さんが作ってくれていたのと同じ感じの手の込んだ料理。
「お腹が空いたでしょう?レッスン料代わりに召し上がれ」
 リビングにはシチュー以外にもふんだんで豪華な食事が並べられていた。食べて良いものか、お兄さんの顔を見ると頷いてくれた。冷泉君も食卓に座っている。こんな料理が食べられるなんて思ってもいなかっただけにとても嬉しい。家庭教師を引き受けて良かったなと思った。
 食事の後で、「切羽詰っている」英語のレッスンから始めることにした。純一も冷泉君の部屋に上がろうとすると冷泉君のママに呼び止められた。

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テーマ : 自作BL連載小説
ジャンル : 小説・文学

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こうやま みか

Author:こうやま みか
素人の完全な趣味で「ボーイズラブ」小説を書き始めました。
全然上手くないのですが、コメント頂ければとっても嬉しいです。
またヤフーブログが本館扱いで、こちらでは当面(ってイツ?)旧作を掘り起こして掲載していきたいと思います。
著作権は放棄しておりませんので、無断転載などは禁止させて頂きます。何卒ご了承くださいませ。

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