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「気分は、下克上。」第十四章-19




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 心に様々な想念が去来する。彼の生気を欠いた端整だが色のない表情が一番多かったが。
 その次には斉藤医学部長がどのような処分をするのかが気になった。あれは救急救命室の阿部士長の言葉だっただろうか?「香川教授は招聘された時よりも医学部長の信頼が下がっている。というのも、彼が斉藤医学部長のご令嬢の縁談を断ったせいだ」という言葉も。医局の責任者として、香川教授の処分――といっても公にはしないだろうが――が有るかも知れない。
 時計を見ると五時半を過ぎている。にも関わらず、彼からの着信がないことも気になった。イライラと携帯電話のディスプレイに表示された時計を見ていると、いつの間にか姿を消していた友永先生が、缶入りコーヒーを二つ持って部屋に入って来た。
「ご協力有り難うございます」
 医局外のことで、しかも彼の服装は私服姿だった。勤務時間を終えてからの黒木准教授への私的な協力なのも明らかだったので心からの感謝の気持ちを込めて御礼を言う。何しろ先輩医師だ。失礼が有ってはいけない。
 彼は「本当にどんな顔をしていいのか分からない」といった風情でぎこちなくかすかに笑った。
「仕事で御礼を言われたのは初めてだ。俺も大学に入った時は、外科か内科を希望していたのだが。ただ、コミュニュケーション能力があまりにも低いので――学生の時は自覚していなかったが…ね――どちらも教授判断で選考からは漏れた。それでも患者さんを治したいと思って、麻酔科と法医学教室の二つの科しか誘いが無かったので麻酔科を志望しました。で、どっちがいい?」
 無糖と微糖のコーヒーの缶を祐樹の前に差し出した。祐樹としては迷わず無糖を選びたかったのだが。
「先生はどちらがお好みですか?」
 買って来て下さったのは友永先生だ。彼が無糖を選ぶなら――実は祐樹は微糖のコーヒーは苦手だった。舌に中途半端な甘みが残るので――微糖を一気に飲み干そうと思って聞いた。
「俺はこっちが好きなんだが…」
 微糖の方を高く掲げたので内心でホッとする。
「では、私はこちらを戴きます。それと、コーヒー代です」
 財布から500円硬貨を笑って差し出した。大学病院のヒエラルキー重視は重々承知している。先輩医師に買い物に行かせてしまっただけでも神経質な医師なら怒り出す可能性すら有る。友永先生はそういうタイプには見えなかったが。
「いや、香川教授の専属の件で本当に勤務が楽になった。実のところ、いつ過労死してもおかしくないと腹を括っていたのでね。その教授が信頼している田中先生に缶コーヒー代を支払わせるなんて出来ません。っと、煙草を吸っても構わないかな?」
「私も実は喫煙者なので…。しかし、この部屋は黒木准教授のお部屋ですが…」
 彼は今度は心から楽しそうな顔をして笑った。
「ジツは黒木准教授は隠れスモーカーだ。この部屋に煙草の臭いがしないのは高性能空気清浄機を私費で付けているのと、窓を大きく開けて吸っているからだ。ほら、灰皿」
 ポケットから煙草に火を点けた友永先生は勝手知ったる他人の部屋とばかりに、黒木准教授の執務机の引き出しを開けて灰皿を出した。
…なるほど…と思わせる吸殻が沢山溜まっていた。黒木准教授はやはり手術の時は几帳面だが、その他は無頓着らしい。煙草の吸殻は長いまま消されているものもあり、フィルターギリギリまで吸って慌てて消したらしく…思いっきり揉み潰されているものもありでジツに各種多様な消され方をしている。同一銘柄と、今友永先生が吸っている銘柄しか残ってないところを見ると、祐樹が来る前に2人で吸っていたのだろう。そういえば窓は大きく開いている。
「私も吸っても構いませんか?」
「もちろん。ただ、やはり田中先生や黒木准教授を見ていると、コミュニュケーションの能力に長けているなと感心します。大学入学前にそのことに気が付いていれば、外科医になれたのにと残念です。麻酔医は患者さんに感謝されないし、外科医も形ばかりの礼は言うが麻酔医には本気で感謝をしていないことぐらいは分かる。その点、黒木准教授は佐々木前教授時代から俺に本気で感謝してくれているのが分かったし、隔てなく話しかけてくれて親しくなった。香川教授も話しかけてこそ下さらないが、手術前と手術後にこちらが恐縮するくらい深深と礼をして下さって…。傍若無人の桜木先生とは全く違うな…と感心していた」
 多分照れ笑いをしているのだろう…よく分からない笑いを浮かべた友永先生だった。
「桜木先生もご存知なのです…か?」
 愚問だったと反省した。手術数が多い桜木先生なので、麻酔医としては一流の友永先生は必ず手術スタッフとして参加しているに決まっている。最愛の彼からの着信がないのでツイツイ失言をしてしまった。
「もちろん知っている。というより、外科の執刀医で知らない先生は居ない。救急救命室にも呼ばれることがあるので、田中先生のメス捌きも見せて貰ったことはある。岡目八目だが、一応先輩医師としてのアドバイスをしても良いですか?」
 救急救命室では祐樹は患者さんしか見ていなかった。心臓外科所属ということで心臓疾患の患者をメインに担当していたので、一刻を争う患者さんが多かった。心臓疾患でなくても最近は重篤な患者さん――トリアージ・レッド――を任されることが多かったせいもある。
「もちろんです。是非、ご教示お願い致します」
 煙草の火を消して立ち上がって頭を下げた。驚いたように硬直する友永先生は本当に礼を言われ慣れていないようだった。
「香川教授のメス捌きは天才的だ。その手術に助手として参加している田中先生は知らず知らずのうちに彼のメス捌きを真似るようになると思われますが、それは危険です。その点では桜木先生のメスも同じで、誰も真似出来ない。田中先生は充分な才能がありますが、そしてその手技は場数を踏めば香川教授のレベルにまで到達する可能性も。ただ、その場数を踏む手順を間違えると才能が潰れるかもしれない。黒木准教授のいぶし銀のような手技をお手本にして彼の手技をマスターしつつ香川教授の手技を目に焼き付けると良いでしょう…ね。どちらも秀才肌の外科医ですから」
 成る程な…と思った。香川教授の卓越した才能は祐樹自身も認めているので腹も立たない。
「有り難うございます。アドバイスを胸に刻んで頑張ります」
 もう一度深くお辞儀をすると友永先生は戸惑ったように、たが心から嬉しそうに笑ってくれた。と、祐樹の胸ポケットから携帯の着信音がした。ディスプレイを確かめると、「DEAR」と表示されている。「田中祐樹」ではなく「DEAR」とは?と訝しげに通話ボタンを押すと最愛の彼の声が聞こえた。
『医局のリーダーとして責任は私に有ります。責任を取って辞任する覚悟です』
『じ…辞任?この病院を去って何処に行く積りなのかね?』
『幸いにも、東京の――病院からオファーも有りますので』
 顔色が変わった祐樹を見て、友永先生は「またな」という表情を浮かべて部屋を出て行った。
『しかし、その病院は規模こそ大きいが私立病院だよ。教授としての権威はどうするのかね?』
 齋藤医学部長の取り乱した声――祐樹はもちろん初めて聞くものだったが――に冷静で凛と響く彼の声が対照的だった。
『教授としての権威は、私には荷が重すぎたと愚考します。やはり一執刀医として手技をこなすことだけが私の器だと確信した次第です』
 彼がこの病院を辞めて東京に行ってしまう?祐樹は床が大きくうねっているような錯覚に囚われた。
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こうやま みか

Author:こうやま みか
素人の完全な趣味で「ボーイズラブ」小説を書き始めました。
全然上手くないのですが、コメント頂ければとっても嬉しいです。
またヤフーブログが本館扱いで、こちらでは当面(ってイツ?)旧作を掘り起こして掲載していきたいと思います。
著作権は放棄しておりませんので、無断転載などは禁止させて頂きます。何卒ご了承くださいませ。

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