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「気分は、下克上。」第十五章-1



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 指示されたベッドに向かいながら、「しまった。先に彼に携帯で連絡をしておけば良かった」と今更ながら気付く。彼とは携帯で連絡を取ることをしていなかったことと、阿部士長の疾風怒濤のような勢いに呑まれたこと。そして何より祐樹が彼のことを想うと未だに混乱する頭の回転の鈍さが原因だ。
 しかし、この期に及んでもう電話連絡は無理だ。一刻も早く処置を終らせて彼に連絡を取るしかないと腹を括る。
 ベッド2は心筋梗塞だった。が、ナースが告げるバイタルサインに祐樹は閃くものがあった。
「そのレベルなら、この前の患者さんよりも重篤ではないので、ウチの長岡先生のアンプルが効くかもしれません。あれはここにありますか?」
「有りますよ。田中先生。こちらのほうが使用される可能性が高いと思ったので、香川教授に置いて下さるようにお願い致しました」
 聞き慣れた男性の声に少し驚く。
「す、鈴木さん、この時間は病棟にいらっしゃるハズでは?」
 祐樹が担当している患者さんだ。彼の<生活の質>を上げるために教授承認の上、救急救命室のボランティアをしている。ただ、彼も患者さんなので昼間の無理のない時間帯だけだった。鈴木さんは悪戯を教師に見つけられた小学生風の笑いを浮かべる。
「備品の減り具合で、夜の方が断然忙しいと分かってからは、こっそりと病棟を抜け出して…いや、キチンとナースさんの見回り時刻にはベッドに居ますよ。それ以外の時間は専らここです」
 担当医としては苦言を呈するところだが、この際は見なかったことにしよう。一刻も早く処置を終えるために。
 鈴木さんは水を得た魚のように機敏に動いて長岡先生が作ったアンプルを持って来てくれた。知らない人が見ると、彼もここのスタッフか下手をすると医師の一人に見えそうだ。祐樹の提案が正しかったとはいえ、「あなたは患者でしょ…」と内心で突っ込みを入れる。
「五分待って、それでバイタルサインがこのままだとカウンターショックを」
 手早く注射をしながら言う。鈴木さんが何故か頷き時計を見ている。
「私はベッド4に行っていますので、5分経ったら声を掛けて下さい」
 そう言い置いて、血でぬかるんだ床を最大限の早足で歩く。万が一転倒したら、祐樹だけの問題ではなくなるかもしれない。何せベッドは満床で皆が必死にそれぞれの医療にいそしんでいるので。スタッフの身体にぶつかりでもしたら大変なことになる。それこそ医療ミス問題に発展しかねない。
「こちらは大腿骨の整復でしたね?」
 慌しくレントゲン写真の読影をする。知らず知らずの内に安堵の吐息が出ていた。
「こちらは骨折部分が大動脈まで達していない。やります」
 大動脈を折れた骨が損傷していた場合はもっと時間がかかる。この程度の整復だけなら祐樹のスピードでは3時間程度かと思われる。何しろ複雑骨折だ。だが最愛の彼ならきっと2時間もかからないだろう。
「田中先生、五分経ちました。バイタルは正常値に近付いています」
 鈴木さんの声がする。バイタルが正常値なら、本来はここで夜を明かしてもらい、その後心臓内科か外科に運ばれることになる。が、ベッドが満床の今、一つでもベッドを空けた方が良いだろう。
「心臓内科に連絡して、内田先生がいらっしゃらないか聞いて下さいませんか?」
 鈴木さんの隣のナースに頼んだ積りだったのだが、その声に反応したのは鈴木さんだった。阪神淡路大震災の時の野戦病院みたいな場所をかいくぐった歴戦の勇者は違うな…とちらりと思う。内田講師ならベッド・コントロールが出来る権限を持つ。出来れば彼にバックグラウンドを任せたい。
 太腿にメスを入れるかどうか一瞬躊躇う。メスを入れてしまえば内田講師がもし残っていたとしても電話に出られない。
 他の医師――中には柏木先生も混ざっていたが――の指示の怒鳴り声が響く中、それよりも大きくよく響く声で鈴木さんは受話器を持って祐樹を呼んだ。
「いらっしゃるそうです。で、この患者さんを心臓内科に搬送するように交渉すればいいのですよね?」
 そういえば、内田講師は鈴木さんの元担当医だったな…とふと思う。鈴木さんは野戦病院の猛者であるばかりではなく、一部上場企業を一代で興した立志伝中の人だ。祐樹が何を考えていたのか正確に理解し、行動するなど医療従事者でもそうそう居ないだろう。
「交渉、お願い出来ますか?」
 この際、立っている者は親でも使えとばかりに怒鳴った。鈴木さんなら交渉は得意だろう、多分。
「了解です」
 メスを躊躇うことなく患部に入れた。局部麻酔が効いているのを確かめてからだったが。祐樹の白衣に生暖かい血が飛んだ。
「終了しました」
 縫合まで終えて、額の汗を拭う。我ながら会心の出来ばえだった。時計を見ると2時間20分の経過だった。介添えのナースは感心したように祐樹を見て「お疲れ様でした」と頭を下げた。
「内田先生の許可を戴いて患者さんを搬送済みです」鈴木さんはパソコンの画面から目を離さずに言う。
「では、私はこれで…失礼します」
 患者さんが運ばれて来ない内に逃げ出す方がいいだろうと阿部士長に挨拶もそこそこに部屋を出る。鈴木さんには感謝のお辞儀をした後に。阿部士長は感謝の眼差しを祐樹に送ってくれたが…。
 ここに居ては非常に危ない。また重篤患者さんが運ばれて来たら巻き込まれる。白衣を脱ぐために一旦心臓外科の医局に戻ろうと思った。
 いつも走っているが、今日ほど切迫して走っていないような気がする。一刻も早く彼と連絡を取らなければ…。戦場から命の危険を感じて離脱する兵士の気持ちだった。
 医局に飛び込んだ。誰か居るかと思ったのだが、人の気配はない。一安心して…携帯電話を取り出す。盗聴の危機は去っていたので。
「げっ、携帯の電池切れている」
 いつもの祐樹ならきっと先に彼の携帯の番号に電話していただろうが、先にホテルに掛けてみようと思ったのは…先日から調子が狂いっぱなしの頭のせいだろう。ホテルには居ないと言われ、我に返る。宿泊客のことを迂闊に喋ることはあんな一流ホテルでは有り得ないことに。
 彼の携帯電話の番号を素早く叩く。が、「この番号は電源が入っていないか~」とアナウンスが無情に流れるのみだった。
 もしかして、彼はもう祐樹とは逢ってくれないつもりかもしれないと脳貧血を起こしそうになる。こうなれば彼の自宅の留守番電話だ。必死で記憶を探る。脳のシナプスが祐樹の生涯できっと初めてだろうと思うほどに考えた。ああ、そういえば山本センセの個人情報を見た時に、彼のもついついプリントアウトした。そこに載っていたハズ。
 記憶を頼りに電話を掛ける。彼の耳に心地よい声が電話越しに聞こえて来た。
「こちらは―――番です。ただ今留守に致しております。ご用件のある方はご伝言下さい。ファックスはそのまま送信して下さい」
 香川と名乗らなかったのは、多分彼の名前を知られたくないのだろう。次に彼の流暢な英語で同じことを繰り返している。
 祈るような声で、伝言を吹き込む。まるで彼がそこで聞いていてくれるような気がして。
 Rホテルで待っていて欲しいと。そしてまだ祐樹と逢い続けて欲しいと祈りを込めた一方的な会話。
 受話器を下すと、白衣もそのままに駆け出そうとする。この際仕方が無い。スタッフ専用通路に脱ぎ捨てて逃げようと思った。そこで足が止まった。細身でバランスの良い彼の姿が見えたような気がしたので。彼がここに居るはずもないのに…?錯覚かと思った。祐樹が恋い慕う余りの。
 だが、その見覚えの有る姿勢の良い端整な歩き方はまさしく最愛の彼のものだった。
「教授…どうして?」
 驚愕と安堵で声が掠れる。彼は急ぎ足で医局に近付いて来た。彼の白い顔はますます色を失っているが。祐樹の白衣を見て取ると震えている唇に僅かに紅みが戻って来ている。
 医局は誰も居ないので、祐樹は教授を通そうと彼の顔を見詰めたまま後ろへ下がる。盗聴器の心配もない。
 お互いの視線がしっかりと絡まりあう。彼の震える唇は努力して笑いを浮かべようとしているのが分かる。
 ただそれだけのことで、祐樹は胸が熱くなるのを感じた。少なくとも彼は祐樹を拒絶していなかったので。

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こうやま みか

Author:こうやま みか
素人の完全な趣味で「ボーイズラブ」小説を書き始めました。
全然上手くないのですが、コメント頂ければとっても嬉しいです。
またヤフーブログが本館扱いで、こちらでは当面(ってイツ?)旧作を掘り起こして掲載していきたいと思います。
著作権は放棄しておりませんので、無断転載などは禁止させて頂きます。何卒ご了承くださいませ。

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