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「気分は、下克上。」第十五章-19



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「ここでは何かと差し障りがあります。先生の午後の勤務は?」
 真剣な内田講師の眼差しに彼が内科の事情を漏らしてくれる確信を持つ。
「いえ、手術は午前の一例だけですし、鈴木さんの検査申請用紙を提出すれば大丈夫です」
 普通の大学病院の研修医ならば先輩医師の補助や、もっと酷い時はナースの手伝いまでさせられる。ナースの仕事を見下す積りは毛頭ないが。ただ、祐樹が香川教授の手術に指名されるようになってからそういう頼まれ仕事は目に見えて減っている。
「そうですか。午後の外来診察の当番ではないので、夜勤の時間までは空いています。私の個室へ…と言いたいところなのですが、先生が内科にいらっしゃると色々と差し障りが…」
 外科の――しかも、今居教授が目の仇にしている香川教授の部下でもある――祐樹が内科の内田講師の部屋に行ったとなると、内科の長である今居教授に御注進に及ぶ内科至上主義の先生もきっと存在するハズで。そうなれば内田講師も内科での居心地が悪くなるばかりか下手をすれば病院から追い出される可能性すらある。
 アカデミックな場所だと一般人は畏敬の念を払ってくれているようだが、内部は根拠のないウワサや汚い足の引っ張りあいの世界だ。まあ、普通の企業でもそうかも知れないが、普通の企業よりもタチが悪いと思うのは、「教授」という特権を利用して嫌いな医師を息の掛かった僻地の系列病院に平気で飛ばす――本人がどれだけ力量の有る医師でも――という子供じみたメンタリティの人種も多い。
 惚れた弱みではないが、香川教授はそういう人事を全く行っていない。今回の手術妨害でも、教授特権を利用して僻地に飛ばすという発想はきっと彼には思いも寄らない種類のもので、あくまでも――と言っても、証拠集めは搦め手から攻めていたが祐樹の進言に依るところが大きい――彼の手技で乗り切ろうとした節がある。それだけに憔悴していたが。
 その不安からも解消された彼は柏木先生がいみじくも感想を漏らした「エレガントかつシンプルな手技」が可能になったのだろう。
「出来れば…外でお話ししたいのですが…この辺りの喫茶店は病院関係者が沢山居ますよね…こちらが知らなくても、相手が知っているケースも有りますし…」
 内田講師はスタッフ専用廊下を通るナース達に聞かれない程度の小声で言う。それはそうだ。この辺りの喫茶店は医師やナース、そして時には病院からこっそり抜け出した患者さんや患者さんの見舞い帰りの人も立ち寄る。医師やナースに聞かれてはマズい。祐樹も秘密の喫煙場所は有ることは有るが誰に見られるか分からないという点では喫茶店と同じかもしれない。
「長岡先生…あのテレビかなり重かったです。怪我をしている手…大丈夫でしょうか?彼女はとても優秀な内科医です。何しろ私が思いつかないような斬新な投薬方法や彼女なりのアレンジの薬で随分ウチも助かっています。香川教授が手放したくないと思うのもむべなるかなです。外科の執刀医の先生も手は大事だと思いますが、彼女のオリジナリティ溢れるアンプルを調合する時にあの怪我は障害になる」
 心配そうに呟いた。それは祐樹も知っていた。何しろ彼女特製のアンプルは劇的な効果を発揮した場面をこの目で確かめたのだから。
「そうですね…念のために傷口を後ほど拝見します」
 彼女の怪我も気掛かりだったが、内田講師から長岡先生の名前が出た瞬間閃いた。彼女はきっと病院の食堂で食事を摂らないだろう。値段の張る店で優雅にランチを摂っているハズだ。となると、この近くの普通の医師が足を踏み入れないような高級店も知っている可能性は高い。
「場所については心当たりが有りますので…先生方がランチを摂るお店よりも高価な料理店に行きましょう。昼食はお食べになりましたか?それと…携帯をお持ちですか?」
「ええ、持っていますが?昼食は忙しくて食べ損ねてしまいました」
「私のは電池切れで…貸して戴けますか?」
「ええ、どうぞ」
 祐樹が普段着ている価格設定のワイシャツの胸ポケットから携帯電話を差し出してくれた。内田先生が昼食を食べていなかったのは幸いだった。祐樹は食べてしまっていたが、胃にはまだまだ食事が入る余地を残している。
 長岡先生に直接連絡を取れればいいのだが、生憎彼女の携帯の番号は祐樹の記憶にはなかった。最愛の彼の携帯に長岡先生の番号がメモリーされている。昨夜彼が携帯電話のメモリーを一つずつ教えてくれていたので。当時の彼の色っぽくかつ満足げな表情をツイ思い出して。祐樹が惹かれて止まない表情なので顔が緩むのを自覚し慌てて表情を引き締める。指が覚えている番号を丁寧に押す。彼に繋がるものは何でも愛しい。
「どこにお掛けになるのですか?」
 携帯電話を貸した手前、気になるのだろう。
「ええ、香川教授に…いいお店を知っていらっしゃらないかと…」
 内田先生は少し驚いた顔で、感心したように口を開く。
「さすが、香川教授の懐刀と内科までウワサされるだけのことはありますね。それに教授だと当然高級店もご存知ですよね」
 懐刀と外科ではウワサされているのは知っていたが、内科にまで伝播しているとは…ウワサのネットワークの恐ろしさを垣間見た思いだ。
 だた、多分、最愛の彼はこの辺りの高級店は知らないだろうな…と思う。特にランチタイムの今の時間に営業している店は。彼は手術が終わった後、教授室で食事を摂っている様子だ。それに彼は美食家でもなさそうだ。美味な物は美味しそうに食べているが、自分から美味しい店に行こうとするタイプでもなさそうだな…と思っていると耳に心地よい彼の声がした。
『香川ですが?』
 不審さがブレンドされた涼やかな声だった。内田講師の携帯番号がディスプレイされているハズなので、彼がいぶかしむのも尤もだ。
『田中です。今、内科の内田先生と居ます。例の件で内密にお話ししたいことが有るのですが、適当な店がなくて…。長岡先生ならご存知かと思いまして。長岡先生に聞いて戴ければと思いまして』
『ああ、直ぐに聞く。何やらお気に入りの静かなフレンチの店があるそうだ。……その店に私も行っても構わないだろうか?祐樹が嫌なら…』
『もちろん大歓迎です。が、内田先生の意向も確かめますね』
 受話器を手で塞ぎ内田先生に了解を求めた。
『是非ともと仰っています。フレンチ…ですか?教授はお昼御飯を召し上がってはいらっしゃらないのですか?』
『ああ、何となく食欲がなくて…食べていない』
『なら、是非ご一緒しましょう。長岡先生に場所と店の電話番号を聞いて、折り返しこの電話に…私のは、』
 言い訳をしていると電話越しに彼が微笑んだ気配を感じる。それはとても暖かな雰囲気だった。
『知っている。充電中で使えないのだろう?』
 仕事中に彼が発する怜悧な声ではなく心の弾みが口調の端々に感じられて。彼は教授会のことも気になっているハズなのに今の彼の声には憂いの色はなかった。「食欲がない」と言っていたが…彼が食欲を失った時――星川ナースの手術妨害の時だ――は、見ている祐樹がはらはらするほどの態度と口調だった。祐樹しか居ない場所に限定してのことだったが。今回はそれが全くない。もしかしたら、祐樹が彼の部屋に昼食を食べに来るのを待っていたのかも知れないなと。もし、そうなら後で事情を良く説明しないとマズいだろう。何でも口に出さないといたずらに彼を心配させることになるのは昨夜の告白を聞いて骨身に染みている。
『そうです。では後ほど』
『ああ、三分後に電話する』
『内田先生が出られるかもですが…』
 白衣を脱ぎに医局のロッカーに行く必要が有る。内田先生の白衣も祐樹のロッカーに入れてしまえば、彼も内科に帰る必要がなくなるので、余計な詮索のリスクは減るだろう。
『了解した』
 内田講師が出る可能性が有ると告げたのは、彼がうっかり「祐樹」と呼びかけたらとの懸念からだった。敏い彼には言わずもがなのことだったかも知れないが。
「先生は、今からここを出ても問題はありませんか?」
「ないですね。夜勤の時間まではフリーですから」
 目立たないように患者さん用の玄関から出た。長岡先生御用達の店の玄関から少し離れた場所に優雅に佇む彼の姿を素早く見て取る。彼の姿は磁石のように祐樹の目を惹き付けて止まない。そのすらりとした姿を見て祐樹は目を見開いた。一瞬呼吸が止まるほど驚いた。


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こうやま みか

Author:こうやま みか
素人の完全な趣味で「ボーイズラブ」小説を書き始めました。
全然上手くないのですが、コメント頂ければとっても嬉しいです。
またヤフーブログが本館扱いで、こちらでは当面(ってイツ?)旧作を掘り起こして掲載していきたいと思います。
著作権は放棄しておりませんので、無断転載などは禁止させて頂きます。何卒ご了承くださいませ。

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