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「気分は、下克上。」第十五章-21



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「いえ、今のところはその予定はありません。こちらでしたいこともありますし。それに今の私にはここに留まる理由が出来ました」
 そう言って内田先生を見る彼の声は必死で抑えてはいるのだろうが、事情を知っている祐樹には彼が零す仄かではあるが幸せそうな色を察知する。当然ながらそれは祐樹には甘い蜜だ。
「それは安心しました。で、ウチの上司ですが貴方のことを…もっと上の齋藤…社長をチクリと刺すためのスケープ・ゴードにしています。本来ならば、別の科のトラブルは問題にされないのですが…ね。ただそちらのゴタゴタを耳にして昨日は上機嫌だったのですが、今朝、齋藤…社長から呼び出しを受けました。これは私も偶然居合わせたので確実です。ご存知の通りウチの上司と社長は犬猿の仲なので…呼び出しなど一回もなかった…にも関わらず…
 今回の出来事は腑に落ちません。何かが有ったとしか思えません。ウチの科には社長に呼ばれるほどのトラブルはないです。こちらのほうは確実ではないですが…ただ香川さんには吉兆のような気がします。
 貴方は、ここに残って下さい。私は、か…お客さんを第一に考えて出世のことは考えないようにしてきましたが…貴方を拝見して、考えが変わりました。ウチのボスに含むところのある同僚はたくさん居ます。その人間を味方に付けて、可及的速やかにもう少し発言力の有る人間になります。だから、貴方はもう少し頑張って下さい。他の科も有志が集まって改善しようとしています。全ては貴方に触発されて…。今回の件で万が一辛い立場に立たされてしまっても…貴方は我々の希望なのです。実は、今日鈴木さんの病室にお邪魔したのは、田中先生にお願いしてこの言葉を何とか伝言出来ないかと…
 鈴木さんを通じて田中先生とコンタクトが取れないかと思いあぐねてのことでした。
 もう一度、お願いします。どうか踏ん張って下さい。職場の内部に協力者も…多分貴方が予想しているよりも遥かに多くの人間が存在します」
 ナイフとフォークを置いて、真剣に言い募る内田先生に、いつもの温厚さはない。なりふり構わず頼んでいるといった雰囲気だった。隣の教授も内田講師の熱弁ぶりに呆気に取られた表情をしている。祐樹も内田講師がこれほどまでに病院のことを考えているとは思わなかっただけに。そして香川教授のことを尊敬しているのは知ってはいたがここまで傾倒しているとは思いも寄らなかっただけに、絶句して彼の言葉を聞いていた。
 前菜が減らず、次の料理を運べなくてウエイターが困っている。それを見た彼は静かに言った。
「ええ、大丈夫です。私にも最近心に大きな支えが出来ました。その支えが折れない限り、職場は替えません」
 彼の明瞭な発言を内田講師はじっと見詰めている。これでは、彼に意味深な目配せは出来ないな…と。
「料理が進まないので…お店の方は迷惑しているかと思います。そろそろ料理を再開しませんか?」
 控え目に提案した。我に返った顔をした内田先生は苦笑いをして「すみません。ついつい…でも本音を申し上げる機会が有って良かったです」と温和な表情で呟くように言った。
「ここの料理はとても美味しいですね。日本の野菜を使って、フレンチ風に工夫してある」
 先ほどの熱弁のフォローか内田先生は言った。
「そうですね。ゴボウのスープは初めてです」
 彼もいつもの涼しい声で応じている。
 メニューは同じなので、祐樹は自分が飲んでいるのが牛蒡のスープであることに気付く。
 前に座る内田講師に気付かれないように彼の怜悧な顔をこっそりと見詰めていたので。
 時々彼もこちらをさり気なく流し見てくれている。その視線は涼しげでいて、愛情の熱を感じる視線だった。いつその視線が来てもさり気なく目で微笑むことが出来るようにしていたため、料理は機械的に食べていただけなので。
「おや、こちらは香川さんが良く来られるところではないのですか?」
「いえ、私は部屋で昼食を摂りますので、こちらは初めてです。長岡せ…君に紹介されただけです」
「あの人は、正直…是非ともウチの科に来ていただきたいですね。とても優秀ですから。ただ、貴方の部下でありたいと…一度誘ってみた時にはキッパリと断られましたが」
「彼女が異動を望むなら仕方ありませんが…こちらでも得がたい部下ですので…」
 香川教授が妹を案じる兄のような口調で言った。多分彼にとっての長岡先生は妹のような存在なのだろうな…と客観的に思う。彼女の優秀な内科医としての一面は彼も言及したように「得がたい部下」なのだろうが、医師という仮面を外した彼女の浮世離れした部分は、恋愛感情抜きで守ってやりたいと思わせる部分も存在する。昨夜から今日にかけての長岡先生の態度を見て祐樹も彼女に対する認識を改めた。
 ブランド物で隙間なく固めている、祐樹としては近寄りがたい美人という第一印象から、日常生活では使えない人間というに変わり――お使いも満足に出来ないのだから――そして今では、危なっかしいところはあるが、かなり信頼していい人なのではないかという思いに変わった。
「そうでしょうね。また、色々とアドバイスを戴くと思いますが宜しくとお伝え下さい」
 料理が終わり、デザートはパスしてコーヒーだけ飲んで店を後にする。
 どうやら勘定は彼がさり気なく払ったのか、それとも長岡先生経由で請求書が届くのか店を出るときにはレジの前は素通りだった。
 内田先生は、恐縮しながら去っていった。何といっても狭い町だ。3人一緒のところを見られてはマズい。
 その点、2人だけならば上司と部下なので見られたところで何ら疚しい点はない。普通に歩いているだけなら。
「食事…ご馳走様でした。もしかして、私が貴方の部屋に行くのを待っていて下さったのですか?」
 隣を歩く彼の表情を注意深く窺う。彼の横顔に見惚れながら。
「……まだ医局のゴタゴタが完全に解決していないから、多分来ないだろうとは思っていたが…もし来てくれるなら一緒に食べようとは…思っていた…な。しかし、昼食を誘ってくれたのは嬉しかった」
 彼の薄い唇が鮮やかな微笑を浮かべた。
 いや、別に誘ったわけではなく…祐樹としてはレストランを聞いただけのつもりだったが、それは言わない方が良いだろう。
「私もお伺いしたかったのですが…山本センセが佐々木前教授の病院に移るまではやはり安心出来ないかと思いまして…。貴方が来て下さると伺って嬉しかったですよ。こうして昼食も摂れた。ただ、まだ心配の種は残っていますが…ね」
「ああ、それは充分過ぎるほどに分かっている…つもりだ」
「それはそうと、私の安物のワイシャツまだ着て下さっていたなんて、とても嬉しいですよ」
「祐樹の…だからな。祐樹の身に付けていたものだと思うだけで幸せな気分になる」
 新緑の色をした翡翠の微笑みを浮かべる彼に祐樹の目は釘付けになる。彼がとても満足そうな表情をしていただけになおさら。
「時々は、服を交換しましょうね。私も貴方の香りに包まれて幸せです…よ」
 その言葉を聞いた彼は祐樹の顔を見て、極上の笑みを浮かべた。道を歩いていたのでごく一瞬だけだったが。
 そろそろ新緑ではなく、緑色の葉をつける街路樹のつかの間の散歩。隣に彼が居てくれるだけでこんなにも胸がときめく。が、また彼に認められる人間にならなければと思う。内田先生の決意を聞いた今となってはその思いはますます強くなった。
 名残り惜しかったが彼と別れて医局に戻った。柏木先生が案じるような顔で祐樹を見てそっと手招きする。
「先ほど、齋藤医学部長の秘書から医局に電話が有った。田中先生に医局に戻り次第来て欲しいとのことだ」
 人の耳を憚って声を潜めた言葉は意外過ぎて…。
「えっ…?」
 齋藤医学部長件病院長、それは祐樹の職場では教授のトップの座に君臨する国王のような存在だ。顔は拝見し、お言葉は一方的に語られるだけの存在だ。たとえ廊下ですれ違ってもお辞儀をするだけの相手。そんな権力のトップに居る人が研修医風情を呼びつけるとは前代未聞だ。胸騒ぎがする。

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こうやま みか

Author:こうやま みか
素人の完全な趣味で「ボーイズラブ」小説を書き始めました。
全然上手くないのですが、コメント頂ければとっても嬉しいです。
またヤフーブログが本館扱いで、こちらでは当面(ってイツ?)旧作を掘り起こして掲載していきたいと思います。
著作権は放棄しておりませんので、無断転載などは禁止させて頂きます。何卒ご了承くださいませ。

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