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「気分は、下克上。」第十六章-16





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 「空気のような存在」とよく喩えに出てくる言葉だが、祐樹にとって彼との同棲生活を開始してから、その意味が二重の意味を持っていることに気付いた。
 普通は「ごく当たり前のように存在していて普段は気にもしないが、なくなってしまうとその人間は死に至る」というほどの意味だが。そちらもピタリと当てはまった。同棲して――と言っても祐樹にはその経験はないのだが――相手のアラが見えて幻滅した…という話は、ゲイ・バー「グレイス」でも職場のナースからも多数聞いていた。が、彼と同棲して幻滅する要素は皆無だった。彼の生活態度も祐樹が想像していた以上に好ましいものだったので。ずっと、このまま一緒に住んでいたいという想いが日に日に募るばかりだ。水を求める砂漠での遭難者のように。
 そして第二の意味、彼は職場に居る時と同じく挙措は静かだし、一緒の部屋に居ても、「何か喋らなければ」とか「気を遣ったほうがいいのだろうか?」という気遣いをせずに過ごせた。ベッドの上でこそ情熱的だが。そういう雰囲気にならない時――ただ、彼は医局の再編成で病院長や黒木准教授などと頻繁に会っていて帰宅は遅い。なので、あまり2人で寛いだ時間を持てないのが残念だが――会話をする時には饒舌になって、楽しそうでもある。が、どちらかが話しかけないと会話にならず、それでいて気詰まりな雰囲気を持て余すこともない。リビングでワインを一緒に呑んでいる時も、彼の満開の桜を思わせる微笑を浮かべているのみで。その雰囲気が醸し出すのは親密な感情だけだった。瞳を合わせてお互いを見詰めるだけで彼は満足げで暖かい微笑を唇に添える。多分、祐樹も同じ微笑みを浮かべているのだろうな…と思う。そういう打ち解けた雰囲気の中静かに時が流れていく。気兼ねや遠慮なしに一緒に居られる相手はそうそうは居ない。それが「空気のような存在」に思えた。
 彼のマンションのエントランスで受付嬢が祐樹の苗字を呼びかけてくれたのは、予め彼が同居届けを出してくれていたのだと後に判明した。それもかなり前から申請はしていたのだと知って驚いた。
「祐樹が告白をしてくれたなら、一緒に住もうと思って…最初のRホテルの翌朝、『次はいつ遭いますか?』と聞いた時からずっとこんな日が来るわけはないと自分でも戒めながらも、ついつい願望の余り同居申請をしてしまっていた」
 彼のリビングで質問をした時の彼の表情は鮮烈に綺麗で、そして咲き初めた梅の花のように初々しい色香の中にも羞恥心を感じさせるものだった。
「祐樹は、私にとって生涯でたった1人の人と勝手に想っていたから…しかし、おかしいだろう?いい年をした…しかも男がそう思い込むのは」
 風に揺れる梅の花の口調で、そして彼の澄んだ瞳で言われてしまい、祐樹は魂が揺さぶられた気持ちになったのは事実だ。その後、我慢出来ずに押し倒してしまったが。
 このマンションは単身者用に作られて居ないので、申請さえすれば同居が認められるというコトもその時に知った。
 彼のマンションの空き部屋、それは合理的な彼らしい空間だけが存在しているものだったが。その部屋を祐樹は自分用にしつらえていたが、この作業もなかなか楽しい。彼の中に居場所を物理的にも――精神的には既に許されていることは自然と分かったので――作り出す巣作りの心境だった。
 彼との空気のような同棲生活で祐樹の心境にも変化が生まれた。彼の天涯孤独な身の上は以前から知っていたが、彼の影響だろうか…今までは忙しいのを口実にしてM市民病院に入院中の母に祐樹から連絡を入れるようになった。
 二度目の電話でごく自然に付き合っている人が居ること、そして籍は入れることが出来ないが多分その人と生涯を過ごすだろうことを告白した。すると、母は満足そうに「良かったね。これで私も安心だよ」とだけ言ってくれた。その人はどんな人か?と聞かれたので…二つ年上とだけ正直に告白した。「籍を入れることが出来ない」という言葉で母親は何かを察したようだったが。祐樹の一般の人とは違う性癖は隠し通していハズだが、母は昔から知っていた気配があったので。
 金曜日の朝――ちなみに昨夜の彼の帰宅は遅かったからお休みのキスだけして同じベッドに休むだけしか出来なかった。色々と医局人事が難航しているらしいことは、彼のフト漏らす溜め息で分かってしまっていたので。そんな彼にこれ以上無理はさせたくはない。一晩中腕枕をして、時々頬や額や目の下を優しくマッサージして、彼がうっとりとした表情のまま眠りの国に安らかに落ちていくのを見守っていた――忙しい彼に代わって朝食を作って食べさせた。今日は祐樹の乏しい料理のレパートリーの中でなるべく栄養が有って、美味しいもの…そして胃に優しいもの…と考えて、牛乳を入れたスクランブルエッグと蜂蜜を掛けたヨーグルト、そしてチーズトーストとサラダだけしか作れなかったのだが。それでも彼は嬉しそうに食器を空にしていく。出勤準備はお互い整えている。
 少しいつもよりも表情が固いのが気になった。
「今日、奇跡的に手術はナシですよね?黒木准教授とはその時間を利用して打ち合わせですか?」
 患者さんの容態がよもやの悪化で予定されていた手術は急遽変更になったのだ。今頃長岡先生が付ききりに違いない。中山准教授の(彼女からするとデート)のことはおくびにも出さず彼の空き時間を確かめた。
「いや、黒木先生は講義があるので昼食を摂りながらという予定だ…」
 彼は祐樹のコーヒーカップにさりげなくコーヒーを注ぎながら残念そうな表情を滲ませて答える。祐樹が昼食を一緒に食べたいと誤解しているようだった。
「そう…ですか…。でも定時には終りますよね?」
 頷くだけの彼は祐樹の企みに気付くことはなかった。頭脳は明晰だが、彼は陰謀や策略を巡らせる思考回路は持ち合わせていない。
「では、黒木准教授とのミーティングが終ったら携帯にメールを下さい」
「分かった」
 彼は怪訝さを露わにした表情を浮かべる。祐樹はこれまでメールを無心したことは滅多にないせいだろう。
 彼が一瞬、目を伏せた。そして躊躇いがちに口を開く。が、彼の表情はオパールの輝きに似て、色々な感情に照り映えていた。一番目立つのは残念さの青色の輝きだったが。
「約束していたRホテルの件だが…かなり高い確率でキャンセルになりそうだ」
 祐樹の瞳を凝視して彼は少し低く早い口調で言う。そして呼吸も忘れている様子だった。彼のしなやかな指も動作を止めていて。凍りついた身体全体で祐樹の反応を待っている。
「え?それはまた何故ですか?」
 彼も楽しみにしていたようだったし、祐樹も多分彼以上に渇望していた逢瀬をキャンセルするとは…。多分、途方に暮れた目をしたに違いない。
「まだ、確定ではないのだが…仕事だ。是非祐樹も手伝って欲しいのだが…」
 仕事と聞いてどこかで安堵していることを自覚する。が、彼の手術は仕事だけは頼りになる長岡先生の完璧な采配で土日に入ったことはない。頭の中をスキャンするが、緊急手術が必要となるような患者さんは居ない。
「残念ですが…仕事なら仕方ないですね。もちろん聡のお役に立てるのでしたら是非ともお願いします」
 未練を吹っ切ってキッパリと言う。彼の表情は別の色の輝きに支配されている。強いて言えば青みを帯びた桜色だろうか?
「有り難う。決まったら即座に知らせる」
 彼は先ほどから手を止めていた食器の後片付けをさり気なく――多分無意識の動作だ――再開している。
「あ、そろそろ出勤のお時間では?」
 彼は慌てて時計を確認している。几帳面な彼らしくない動作だった。キャンセルのことは言い辛かったせいで時間も忘れたのもしれない。
 テーブルの上を綺麗に片付けている手を早める。
「後はしておきますので、早く出勤して下さい」
「そうか?済まないが…」
 慌しくそれでいて優雅かつ静かな動作で立ち上がった彼の腕を優しく掴む。
「済まないと思ったのならキスして」
 先ほどの宝石めいた艶やかな表情の余韻を残した顔が近付いてくる。じっとお互いの瞳を見つめ合い唇に息が掛かるまで瞳を使ってキスをしているように視線が重なり合っていた。その後、コーヒーの仄かな香りのする唇が触れ合った。時間にすれば僅かだったが、わだかまりが解けたような気がする。唇が少し未練のある様子で離される。
「行ってらっしゃい。気をつけて」
「ああ、行ってくる。メール、必ず送信するから」
 彼の雄弁な瞳が祐樹の瞳を掠めた瞬間、彼はひらりと身を翻しダイニングルームから消えた。玄関を閉める音が聞こえると、祐樹は気分を鎮めようと自分の部屋から煙草と灰皿を持って来た。


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こうやま みか

Author:こうやま みか
素人の完全な趣味で「ボーイズラブ」小説を書き始めました。
全然上手くないのですが、コメント頂ければとっても嬉しいです。
またヤフーブログが本館扱いで、こちらでは当面(ってイツ?)旧作を掘り起こして掲載していきたいと思います。
著作権は放棄しておりませんので、無断転載などは禁止させて頂きます。何卒ご了承くださいませ。

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