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「気分は、下克上。」第十六章-20





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「そうなんですね。でも、私は聡と呑んでいると楽しいですよ?」
「そうか?祐樹がお世辞でもそう言ってくれるだけで嬉しい」
 彼が初めて見せる照れた表情が少しあどけなくて新鮮だ。ただ表情の内面から喜びの色が照り映えるようだった。
「私はお世辞なんか言いませんよ?本当に貴方とワインを呑んでいる時も、私にとっては生きている喜びのうちの一つです」
 彼の瞳の光は嬉しそうな色に染まっている。
「祐樹を楽しませることが出来ていて本当に良かった。祐樹を喜ばせるのは私の生き甲斐だから」
 サラッと殺し文句が出るところがこの人らしい。と言っても本人は自覚していないだろうが。中山准教授の件は気になるが、食事さえ拒否した彼のことをプライドの高い女性はどう思うだろうか?きっぱりと諦めるか、次の手を打ってくるか?彼はスケジュールを逐一祐樹に報告してくれている。もし再び誘いが有った時に考えれば良いことだと思い直す。
「有り難うございます。私も聡を喜ばせたいと思っています。愛していますよ」
 テーブルを挟んで座っていることを後悔した。そうでなかったら感謝のキスの雨を降らせただろうに。
「私も愛している…」
 真剣な表情だが唇は綺麗な笑みを浮かべている。ダイニングの空気が親密さの色を帯びたような気がした。しばらく見詰めあっていたが、彼は表情を改めた。仕事の時に浮かべる怜悧な表情だった。
「私が話したかったのは……執務室で知らせようと思ったのだが聞こえなかったようだった……。
 土日の仕事を受けた件で、正式に斎藤病院長の許可が取れた。M市民病院に執刀に行く。数日前に要請があったのだが、病院長不在で許可が下りなくて。その助手をお願いしたいのだが?」
 噂は聞いていたが実現したのかとビックリした。M市民病院は祐樹の母親が入院している。祐樹を助手に指名したのもその配慮が有ったからなのだろう。確かに同じ京都府でも日本海側にあるので見舞いもままならない。あの病院は一応、祐樹達の所属する病院と系列とはいえそんなに縁は深くない。本来ならば教授クラスが執刀医として行くのは有り得ない。医局からだと柏木先生がポジション的にも技術的にも妥当な線だろう。黒木准教授でも権威を重んじるウチの病院が許可するとは思えなかった。
 彼がずっと病院長や事務長に申請をしてくれていたことは知っていた。そういえば執務室で別れ際に彼が呼びかけていた。それはこの件を伝えるためだったのかとやっと思い至った。
「喜んで助手を務めさせて頂きます。ただ、良く許可が下りましたね」
 祐樹の表情を伺っていた彼は唇を弛めて言う。
「ああ、齋藤病院長の部屋で私が辞めると言った件があっただろう?私としては、東京の病院に行く気は全くなく、祐樹に振られたらアメリカに行く積りだったのだが…辞意だけは本気とは分かったのだろう。それからは結構我が儘が通るようになった。今回の手術は一例だけ。事前に貰ったカルテではいつもと同じく心臓バイパス術だ。但し、ヘリにも乗せて運べない重篤な患者さんだが…。向こうの病院の外科医には経験が皆無で、この絶好の機会に色々学びたいとスタッフは祐樹以外向こうの病院の人間だ。準備については予め全て向こうに指示を出してある」
「え?では、2人であちらまで行くのですか?」
 もっとスタッフを引き連れて行くのかと思っていた。それに実は交通の便がとても悪い。一番早い移動手段は自動車なのだ。JRが直通していないのはかなり痛い。
「ああ、向こうの病院が迎えの車を出してくれると言ってくれたのだが断った。祐樹と二人だけで行動したいからな…。で、祐樹は車の運転を頼んで大丈夫か?」
「ええ、大丈夫ですよ?そういえば貴方を車にお乗せするのは初対面の時以来ですね…」
「そうだったな…あの時はこんな関係になれるなんて思いもしなかった……」
  彼は遠い目をしている。懐かしそうなそしてとても満足そうな表情がとても綺麗だった。
 祐樹も初対面の時を思い出す。あの時の高慢な印象とは全く違った彼の真実――とても子供のような純粋さを持つ人だと知ることが出来たたことと、彼に出会ってから祐樹自身も精神的に成長したことをしみじみと思った。
「手術が終わったら、お母様のお見舞いをしてくればいい」
 やはり母のことと祐樹が見舞いに行けないことへの配慮だった。彼のさり気ない愛情表現にますます魅了されてしまう。
「有り難うございます。貴方も一緒に見舞ってやって下さいませんか?」
 彼の目が意外そうに見開かれた。思ってもみないことを提案されたかのように。
 彼の瞳は嬉しさが半分ほどで、あとは複雑な光を宿している。
「私などが顔を出しても良いのだろうか?」
「どうしてです?母に紹介しますよ?」
 彼は考え深そうな顔をしていた。そういえば、母に恋人を会わせようと思ったことは一度もない。男女問わず。それほど深い想いを抱いた人間は皆無だったのだから。母は上司としてだけ認識するだろうか?それならばそれで良いし、もしそれ以上詮索されたらそれはその時に考えたら良いことだと即座に決意した。
「上司と部下というそれだけの関係なら、何の屈託もなく見舞うだろうが…。プライベートでこんな関係になっているので、会うのは心苦しい…な」
 彼は躊躇がちな顔だ。
「いえ、是非会って下さい。母に会わせたいと思った人は聡が初めてです。それに貴方が躊躇うのなら上司とだけ紹介します。それとなくでも良いので会わせたいのです」
 彼の瞳を覗きこんで訴える。彼はまだ躊躇の表情を浮かべていた。長く細い指を眉間に当てて考えている。が祐樹の言葉を聞いて決意の光を宿す。
「祐樹がそう言ってくれるのはとても嬉しい。ただ、余計なことは言わない。私達の関係は社会的に認知されないものだ。肉親ならなおさら認めたくないものだろう?祐樹だって、お母様には自慢の息子なのだから」
 確かに普通の親なら同性の恋人など驚天動地の出来事だろうが。それに恋人がいると電話で告白した件については今のところ彼には内緒にしておこう。それを言ってしまうとなおさら恥ずかしがって会いたがらないような気がする。社会的通念と自らの性癖を両立させようと心を配っている人だと良く分かっているので。
「自慢…かどうかは分かりませんね。ただ、肝の据わった人ですよ。性格は阿部士長に似ていないこともない。手術は土曜日ですか?それとも日曜日?」
「日曜だ。開始は9時」
「では手術が終わって母の見舞いをしても夕方には終わりますよね?近くには天橋立がありますからついでに回りませんか?行ったことは?」
 月曜日も通常業務があることが恨めしい。もし月曜日が休みなら天橋立でも少し足を延ばして城崎温泉にでも一泊出来るのにと思った。
 彼の顔がようやく晴れ晴れとした光に戻った。母と会うことによほど躊躇の気持ちがあったのだろう。そういう思慮深さも好ましいが。ただ、そんなに遠慮しなくもと思う。
 ただ、肉親の自分は母のことも当然身内だと思っているが彼は他人――しかも常識に逸脱した同性の恋人という負い目があるのだろう。常識的な異性の恋人であったにせよ相手の肉親に会うというのは覚悟が必要なのだから――だからなのだろう。
 いつぞやは同性である自分と付き合うのは祐樹の母親に対して申し訳ないと言っていた。
「写真でしか見たことしかない。それはとても楽しみだ」
「行ったことがないのなら是非行きましょう。もう一泊出来たならもっと良かったですね。あちらも温泉なども多いですから」
 京都の人間はどちらかと言えば接待や遊びに行くとなると瀬戸内海側に出ることが多い。温泉も神戸にある有馬温泉などが接待に使われる。日本海側は穴場なので京都では知る人ぞ知る彼もそんなには目立たないだろうと判断した。
「そうだな…ただ、私が無理を言って日曜日に予定を入れてしまったので…月曜日の朝も通常通り手術が行われる。温泉はまた今度是非行こう」
 彼は花が綻ぶような笑みを浮かべている。彼の肩凝りのことを思えば、外湯のある城崎温泉にでも寄りたいが。ただ彼の何も身につけていない肢体を見てしまえば理性を保てる自信は全くなかった。部屋付きの露天風呂なら大歓迎なのだが…。
「そうですね。その時を楽しみにしています」
「ご馳走様」
 食べ終わった彼は律儀に祐樹に礼を言うと静かに立ち上がり、祐樹の傍に立つ。肩に手を掛けると上半身をかがめて彼の端整な顔が静かに近付いて来る。もう少しで唇が触れ合うところで彼の吐息とも呟きともつかない小さな声がする。
「有り難う。お母様に紹介してくれるという祐樹の気持ちがとても嬉しい」
 その呟きは僅かに震えていた。彼の心の喜びと不安を表しているのだろう。
 彼の唇からは柚子の香りがする。柑橘系の薫りが彼には一番相応しい。

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こうやま みか

Author:こうやま みか
素人の完全な趣味で「ボーイズラブ」小説を書き始めました。
全然上手くないのですが、コメント頂ければとっても嬉しいです。
またヤフーブログが本館扱いで、こちらでは当面(ってイツ?)旧作を掘り起こして掲載していきたいと思います。
著作権は放棄しておりませんので、無断転載などは禁止させて頂きます。何卒ご了承くださいませ。

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