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「純愛と妄執に揺れる心」第一章-2





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 22年前のあの日から純一の運命は一転した。
 ただ幼心にも近頃のお母さんの様子がおかしいことは分かっていて心配していたのだが。いつものように電車に乗ってマンションに帰った。純一の通う私立の小学校は電車でなければ通えない場所にあったので。
 純一に父は居ない、物心付いた時から父というものの存在がなかったのでそれが当たり前だと思っていた。お母さんはいつも明るくてとても綺麗で、そして活き活きと仕事をしながらも純一のことをハウスキーパーの小母さん任せにはせずに育ててくれた。「エステを経営しているの。女の人を綺麗にする仕事なのよ」と公園でキャッチボールをしながら教えてくれた。
「みんながお母さんみたいになるお手伝いをするお仕事?」と聞くと、キャッチボールには不似合いな水色のスーツを着たお母さんは嬉しそうに笑ってくれた。初めての授業参観日に青色のスーツで出席してくれたお母さんは、後ろに並ぶ小母さん達の中でも一番綺麗でとても誇らしかった。
 お父さんの話題がクラスの友達から出ても特に羨ましく思わなかったのはそんなお母さんが居てくれたせいだった。ただ、この頃のお母さんは少し変だった。純一に向ける笑顔は変わらなかったが、純一がテレビを観ているフリをしてそっとお母さんを見ると眉の間に深いシワを刻んで暗い顔をしていた。純一がお母さんを見るとそのシワは消えて笑顔になったが。そしてその変な様子はどんどんと増えて行った。真夜中に突然鳴る電話――といっても純一がトイレに起きた時だけ気付いたくらいだが――と母の謝っている気配が何だか切なかった。当時の純一が「何が有ったの?」と聞いても「子供が知らなくていいことよ」と明るく返事をしてくれていたのだが。ただ、心の底から明るい声を出していないことは何となく分かった。それ以来、一度も純一は聞かなかったが。
 母の帰宅がいつも以上に遅くなったり、帰ってきても寝室に閉じこもる時間が増えたりしたが純一は心配している様子は見せずに、明るくお母さんに学校のことを面白おかしく話しかけるだけにしておこうと決めていた。純一が笑うとお母さんも笑ってくれたから。
 ただ、何かが起こっているのは分かっていた。
 その日、小学校から帰ってマンションの門のところにあったマンションの各部屋に通じる番号を押した。いつもはハウスキーパーさんが掃除や洗濯をしに来てくれているハズで、その人がマンションの玄関の鍵を開錠してくれる習慣だった。だが、応答はなく、不思議に思って管理人さんの部屋に行った。管理人の小父さんは純一の顔を覚えていたのでスグに部屋を開けてくれた。
「今日は、そういえば小倉さんのハウスキーパーさん来ていないな…どうしたんだろう?お母さんはお仕事だろう?」
「はい。そうだと思います」
「相変わらず元気が良いし礼儀正しい坊ちゃんだな…困ったことが有ったら直ぐに小父さんに言うんだよ?」
 管理人の小父さんに手を振ってマンションの部屋に上がった。誰も居ないがらんとした部屋は少し怖かったいつもはハウスキーパーさんが居たので。部屋は純一が学校に行く前とは違って朝食の皿は洗ってあり――いつもはハウスキーパーの小母さんの役目のハズなのに――ランドセルを自分の部屋に置くと制服を私服に着替えた。台所に行くと留守番電話が点滅していた。純一は操作方法を既にお母さんに教わっていたので再生を押してみた。「青井です。誠に申し訳ありませんが熱を出してしまったので今日は休ませて下さい」と入っていた。青井というのはハウスキーパーさんの名前で。やっぱり小母さんは今日、お休みだったんだと思うとますます変な気がした。台所でオレンジジュースを飲んでから学校の先生やお母さんの言いつけ通りに手を洗おうと洗面所と乾燥機の付いた洗濯機が置いてある部屋に入った。昨日お風呂に入った時に純一が脱いだ服などは乾燥機の中だった。これもハウスキーパーさんの役目なのに…小母さんは来ていないのだからお母さんがしたのだろうか?お母さんは純一が学校に行くのを慌しく見送ってからお仕事に行く習慣だった、それは純一が幼稚園に通っていた時も同じで…「純一を見送ってからでないと、安心してお仕事に行けないの」とお母さんはいつも言っていた。ハウスキーパーさんがお休みの日はお母さんが家の仕事もしてくれてはいたが、お仕事の日は小母さんに全てを任せていたのに…?
 洗面所の隣はお風呂場だ。何だかシャワーの音がするようだったので不思議に思って開けてみた。
 浴槽の赤い色が目に飛び込んできた。薄く濃くゆらゆらと揺れている浴槽の赤いお湯の先にお母さんの手首があった。赤く染まった白く細い手首。壁に凭れて目を閉じているお母さんの顔は真っ青で、首にシャワーを当てている。その白い首も赤いシャワーの水が滴っている。お気に入りの青色のスーツを着て座っているだけならいつもと同じだったが。
でも絶対に違う様子に大きく目を見開いて立ち竦むだけしか出来なかった。
 赤い色がもしかしたら血かもしれないと気付いたのはそれからしばらくしてからだった。どうして良いのか分からずに、必死で考えた。管理人の小父さんの声が耳に響いた。
 電話機までどうやってたどり着いたのか全く覚えていないが、管理人室に電話をした。 その時初めて、自分の声が出なくなっていることを知った。ただ、何かを察した小父さんは直ぐに駆けつけてくれて、その場で警察と救急車を呼んでくれた。しかし、お母さんが救急車に乗ることはなかった。救急車は生きている人間しか乗れないことをその時に純一は知った。その代わり純一が乗せられて病院に行った。精神的ショックによる一時的な失語症と診察が下された。
 お母さんのお葬式の日、純一は様々なことを知ることになった。お母さんの親戚は絶縁状態で誰も来ないこと。純一を産んだせいでお母さんはお祖父さんやお祖母さんに勘当されたこと。それというのも純一のお父さんが誰なのかお母さんは絶対に言わずに一人で育てると言い張ったせいだということ。お母さんの経営していたエステが倒産したこと。そのために色々なところからの借金が返せなくてお母さんが追い詰められていたこと。マンションもすでに抵当に入っていて純一がそこから出なくてはいけないこと。純一がお母さんの死体を発見してしまったのは悪い偶然が重なったからで、死亡推定時刻はハウスキーパーさんの来る直前で…。多分お母さんは純一ではなく小母さんに発見して欲しかったのに熱を出して来られなかったせいで純一が見てしまったことを小母さんは泣きながら謝っていた。お葬式は倒産したお母さんの会社の人が全部取り仕切ってくれた。
 失語症はいつ治るのかお医者さんも分からないそうだった。日常生活は筆談で差し障りがないので責任を感じたハウスキーパーの青井さんが「ひまわり園」という施設を見つけてくれた。言葉が出ないこともとても不安だったし、学校を辞めなければならなかったのも少し残念だった。が、お母さんの自殺したショックで茫然自失の状態で劇的な環境の変化を受け入れるしかなかった。
 慌しく施設に入居した時も何だか実感がわかずに園長先生に連れられて粗末な――と純一は感じた――部屋に行った、僅かな荷物と共に。出迎えてくれたのは純一を包み込む春の日差しのような穏やかな笑顔をしたお兄さんだった。
 何だかその笑顔に凍り付いていた心が解ける気がした。
「藤原直哉です。これから仲良くしようね。ここには一年前から居るから分からないことがあったら何でも書いてね。それと、小学校は同じだし一緒に通おうね」
 言葉を失っていることを園長先生に聞いていたのだろう。さり気なく気遣ってくれていることを感じた。お葬式の時の大人は大袈裟な気遣いをしてくれて――そういうことは何となく分かる――居心地が悪かったものだが。藤原直哉というお兄さんは、ここにいるのだからお父さんもお母さんも居ないハズなのにとても優しげに微笑んでくれた。
 ペコリとお辞儀をすると頭をなでてくれた。その手の暖かさが心にしみいった。

 あの時から22年、ずっと彼と生きて来たのだと純一は東京の夜景を見下ろしながら懐かしくそして、それ以上に復讐に滾る思いで回顧していた。

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 ああ、子供視点の話がこんなに難しいとは…。暗く地味な話なのに読んで下さる方がたくさんいらして、とても嬉しいです。前作とは趣きも文体も変えてみましたが…大して変わったようには見えないところが未熟さゆえですね(泣)ただ、子供視点の難しさでいつもの倍の時間が掛かったという…。
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こうやま みか

Author:こうやま みか
素人の完全な趣味で「ボーイズラブ」小説を書き始めました。
全然上手くないのですが、コメント頂ければとっても嬉しいです。
またヤフーブログが本館扱いで、こちらでは当面(ってイツ?)旧作を掘り起こして掲載していきたいと思います。
著作権は放棄しておりませんので、無断転載などは禁止させて頂きます。何卒ご了承くださいませ。

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