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「気分は、下克上。」 春-43

 背筋に液体ヘリウム(マイナス296℃)を注入されたかのような悪寒が走りぬけた。
――何故、この書類がここにある?3日で必死に走り回って証拠隠滅を図ったハズのこの書類がっ!――
 シリンジ(注射器)に薬液を入れるのを忘れて注射しようとした時――実際そんな初歩的なミスをしたことはなかったが。空気を注射すると患者さんは死に至る致命的なミスだ――に味わう恐怖にも似て毛根が引き攣った感じに襲われる。
 視線で許可を得て、震える指先をなるべく悟られないように書類を手に取った。
 4月に提出が義務付けられている住所・氏名・連絡先などが記入されている用紙が2枚。紙の感じが違うので、原本ではなくコピーだと分かるが、祐樹が証拠隠滅済みだと安心していたシロモノだった。
 職業柄、緊急事態が起こった時は、可及的速やかに病院へと駆けつけられるように、連絡先などは詳細に亘って記入するのが院内規則だ。現在は携帯電話を持っていない医師など居ないので、どこに居ても携帯で連絡は取れる。だが、旧国立大学病院というお役所仕事は院内のあちらこちらに名残りを留めている。
 その昔のしきたりの一つが精密な住所録だ。祐樹が最愛の彼のマンションに引っ越してからは住所も当然同じになった。
 こういうどうでもいい書類を祐樹は締切日に提出するのが通例だ。
 締切日、香川教授の第一助手として手術に入っていたが、運の悪いことに、心臓外科所属の内科医、長岡先生が――業務以外では役に立たない女医だが、仕事振りは完璧だ――が休暇を取得していた。そして、心臓を開けた途端、動揺を滅多に見せたことはない香川教授の顔に緊張が走った。手術前検査よりも遥かに体中の動脈が脆くなっていたのだから。
 綱渡りの手術だったが、何とか無事に成功させることは出来た。香川教授の手術時間は不名誉な最長記録を更新した。その前日、祐樹は救急救命室での勤務があり、心筋梗塞で搬送された患者さんと8階からの飛び降り自殺未遂の患者さんを必死の思いで救命したらすっかり朝になっていた。
 そしていつも人手不足に悩む救急救命室の夜勤が3日連続で入っていたのも祐樹にとっては災難だった。緊迫した手術が終わり、柏木医局長から「現住所と携帯及び固定電話の報告書類を提出しろ」と言われて、条件反射のように最愛の彼のマンションの住所を書いてしまった。その後、仮眠室で眠ったが、睡眠不足が少し解消されると、これはマズイと思い至った。睡眠不足で思考能力が低下していたとはいえ、迂闊なことを仕出かしてしまった。
 事務局の女性が万が一「香川教授と同じマンションと同じ部屋」であると気づく可能性に気がついて、一度は引き払った祐樹のマンションの再契約を済ませてから3日後に住所変更手続きをした。
 マンションの管理をしているのが不動産会社だったので、祐樹の不規則な仕事柄もあり、不動産会社の営業時間に間に合うことの方が珍しいのだが、色々時間を遣り繰りして最短で済ませた。そして病院の事務局の女性を言葉巧みに言いつくろって前の書類を返却してもらい――本当は出来ない規則になっているそうだが――現在事務局にある祐樹の現住所は大学時代から住んでいるマンションということになっているハズなのに。
 今は携帯電話で緊急事態になっても、即時対応は充分可能だ。
 滅多に帰らない祐樹のマンションにある電話も、携帯電話に転送可能の最新型に買い替えたというのに…。ああ、あの電話代は一体…あのお金が有れば最愛の彼にちょっとしたプレゼントも買えたというのに。それにマンションの家賃…。
「これが何か?」
 努力してポーカーフェイスを装った。
「いやぁ、私の第一秘書はなかなか優秀でしてね。事務局に提出された書類に不審な点が有ると気付いてくれました。香川教授と田中先生が同じマンションの同じ部屋にお住みになられているというのはウワサになるでしょうね…」
 必死で言い訳を考える。
「その件でしたら…私の自宅マンションの上階で配水管が故障して水漏れがしまして…その件を医局でぼやいていたら、たまたま香川教授がお見えになって…しばらくは居候したらどうかと御親切に仰って下さったので、そのお話しに甘えてしまった結果です」
 斎藤病院長は唇こそ笑いの形だが、目は細めたままだった。
「いやぁ、部下の苦境を救うとは誠に上司として素晴らしい。香川教授の部下への思いは大変感心します。いやはや、大した部下思いですねぇ。私も見習わねば」
 心底感心したように大きな笑い声を立てる斎藤病院長だったが、目は笑っていない。
「はい。私も斎藤病院長を始めとして上司には恵まれているとつくづく感謝の念を抱いている次第です」
 心にもないことを話していると、何だか大人になった気がした。といっても、魑魅魍魎が跳梁跋扈する大学病院ではこの程度の処世術は初歩の初歩だ。
「しかし、事務の女性やナースは万が一この書類がどこからともなく出回るとなれば、色々と想像力を逞しく発揮するでしょうな」
――「どこからともなく」ではなくて、お前、もとい病院の天皇の側近がリークするんだろう――と言いたいが言えるわけもない。
「想像を?部屋を貸して頂いていただけですが?」
「いやぁ、ナースはまだまだ女性が多い。女性のウワサ話は広がって行くほどにどんどん尾ひれが付くものです」
 一旦、息継ぎのためか言葉を切る。言い返そうとした矢先に、先ほどよりも低い声で言い放たれた。
「たとえば、お二人が上司と部下の関係以上であるとか。もっと密接かつ親密な関係にあるとか」
 しかも目つきも声も威圧的だ。眼の光が鋭くなっていた。最愛の彼との本当の関係を確信していることがひしひしと分かる雰囲気だった。
 こうまで追いつめられるとしらばっくれる他の方法は考えられない。



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Author:こうやま みか
素人の完全な趣味で「ボーイズラブ」小説を書き始めました。
全然上手くないのですが、コメント頂ければとっても嬉しいです。
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著作権は放棄しておりませんので、無断転載などは禁止させて頂きます。何卒ご了承くださいませ。

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