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「気分は、下克上。」 春-37

 バスルームで身体中を洗い――彼限定だが――はしたなくなっていた息子を何とか宥めすかしてキッチンに戻った。コーヒーの良い香りがキッチンに漂っている。
 頭に掛けていたバスタオルで頭を拭きながらワイシャツにスラックス姿のやや細い身体のラインを惚れ惚れと見詰めた。細身だが、均整のとれた肢体は見ているだけで飽きない。
「コーヒーを煎れて下さっていたのですか?」
 彼は一瞬背中を強張らせた後、振り向いた。
「紅茶の方が良かったか?もちろん、祐樹が入れてくれた紅茶も飲むが…」
「いえ、私は砂糖が入っていない限り何でも飲みますし。そもそも、紅茶にしたのは貴方の目の具合が気になったからで他意はありません。何なら捨てて下さっても構いませんよ、紅茶」
「祐樹が入れてくれた紅茶を飲まずに捨てることはありえない。ただ、朝食にコーヒーの香りがなければ…落ち着かないので」
 祐樹を見る彼の瞳がもの言いたげに揺れている。
 バスタオルで手を拭ってから、彼の男としてはやや細い両肩に手を置いて瞳を覗き込んだ。
「何か言いたいことでも?」
 瞳を見交わして聞いてみた。
「私は仕事の他に何も出来ないし、祐樹とこういう関係になったのも晴天の霹靂だったと思っている。趣味も特にないし、面白い冗談を言うことも出来ない。祐樹の恋人として相応しいとはとても思えない。最初にホテルに誘ったのも事実上は私なのだし…。
たとえ祐樹のお母様からあんなふうなご厚情を頂いたにせよ、祐樹の愛情が醒めればそれで終わりだ。
 だから毎日ドキドキしてカウントダウンの日を待っている」
 睫毛が触れ合うほど近くにある彼の瞳は透明な悲しさで満ちていた。
 そういえば、この人は天涯孤独の生まれな上に恋愛体験も皆無なのだと思い知る。愛情とか恋愛感情というものがどういうものかが良く分からないのかも知れない。彼は愛し方も愛され方も知らずに成長してしまったのだ。
 胸に突き上げるものを感じて、祐樹は瞳の位置はそのままにして彼の背中を優しく撫でた。
「杞憂です。知れば知るほど好きになっていく貴方と別れるなんて全く考えていません。貴方だって男性ですから、ベッドの上で私があれほどの状態になるのは貴方に欲情しているからだと分かるでしょう?」
 彼の瞳が木漏れ日色の光を宿す。春の爽やかな朝に相応しい会話ではなかったが、優先順位は勿論彼の気持ちをほぐすことだ。
「それは分かる。だからベッドで祐樹の欲望を受け入れている時が私にとって至福の時だ」
 薄紅色の唇が、この上もなく美味しい食べ物を食べている時のように微笑んだ。
「本当は、このままベッドに行きたいのですが…貴方には代わりがいないので休暇を急遽取るわけにもいきません。食事を済ませて出勤しますか?」
「ああ」
 瞳も言葉も藍色の雰囲気だった。ただ、この人は仕事とプライベートは精神に鉄筋でも入っているのではないかと思うほど、キチンと分ける。時々自分絡みになると柔軟性を帯びるが。
 出勤の時間は少しずらす。この辺りにも大学関係者が住んでいるマンション――といっても彼のマンションが一番豪華だが――や、長期介護のお年寄りのためにその夫人がアパートなどを借りている例もあるので誰に見られるか分かったものではないからだ。
 祐樹が先に部屋を出る。杞憂は取り敢えず、払拭されたらしい。極上の笑顔で見送ってくれた。
 職場に入り、昨日の轍を踏むまいと、本日手術予定の患者さんを念入りに調べていた。すると、後ろから常ならぬ雰囲気が伝わって来ていることにフト気づく。
 先輩医師やナース達、そして患者さんまでもが声に出していないものの様子がおかしい。浮き足立ったような、好奇心と畏怖心が混ざり合った感じの空気だった。
 ここは心臓外科の部屋なので、長期入院の患者さんも多数ベッドにいる。中には念仏らしい文句を唱えている人も数人視認する。
――そういえば、香川教授に念仏を唱えたお婆さんがいたっけ。でも複数というのは彼ではないな?――
「いやあ、そのまま、楽にしていて下さい。興奮は心臓に良くありませんから」
 そう言えば、今朝彼が晴天の霹靂という慣用句だかことわざを使っていたが、あれは、まさしく誤用だとしみじみ思った。
 晴天の霹靂とはこういう時にこそ使うべきものだ。なぜなら祐樹は彼を見た瞬間に「好みだ」と思ったのだから。
「田中先生、お久しぶりです。医局に電話したらこちらだと言われまして。私は現場に出ることがないものですから、これをチャンスに抜き打ちで視察に参りました」
 斎藤病院長の声と認識した瞬間、思わず手が止まった。患者さんの体を診察していない時で良かったと心の底から安堵する。
 何で雲の上の人がここにいる?反射的にお辞儀をした後顔色を窺ってしまうのは、しがない一年生医師だからに違いない。
「田中先生の担当患者さんが終わるまでお待ちします」
 よりによって祐樹を待つ?その言葉に適温に保たれているハズの室内にも関わらず背中に冷や汗が伝った。気が弱い医師なら卒倒モノだろう。ただ、幸いここは病院の中なので看病する人間には事欠かない。幸い、研修医として同行していた久米先生が患者の動脈と静脈を間違って切ってしまったような顔つきで言った。
「た、田中先生の診察はほぼ終わりです。後は、ぼ、僕で大丈夫ですから」
 患者さんの診察は要点はほぼ終わり、任せても良いだろうと判断した。
「では、久米先生宜しく」
 注意事項を口頭で説明し、不安なのでメモを書かせようとしたら手が震えてミミズの親戚のような字を書いている。手術の時にはあんなに上手いのにな…と思うが、研修医の久米先生は、医学部長兼病院長という肩書きは大学病院のトップだ。その人と近くにいるというプレッシャーに耐えられなかったのだろう。祐樹も同じようなものだったが。
 白衣のポケットからメモを取り出し、久米先生に筆記して渡す。
「ここでは何ですから、病院長室に行きましょう」
 にこやかではあるが病院の神だか天皇だかから託宣か勅命を受けるために病院長室に招かれた以上は従う他に選択肢はない。


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こうやま みか

Author:こうやま みか
素人の完全な趣味で「ボーイズラブ」小説を書き始めました。
全然上手くないのですが、コメント頂ければとっても嬉しいです。
またヤフーブログが本館扱いで、こちらでは当面(ってイツ?)旧作を掘り起こして掲載していきたいと思います。
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