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「気分は、下克上。」医師編 春-22

 静かに口を開いたが、幾分硬い表情と口調だった。術死ではなかったのに…と、彼の薄い綺麗な唇が動くまで固唾を飲んで見守った。
 皆が注視する中、彼はなかなか口を開かない。特に祐樹と目が合うと、気まずげに目を逸らす有様だ。そんな彼は初めてなので大変戸惑った。
「肺塞栓症は、どの程度の時間で死に至るものなのですか?」
 黒木准教授が誰に聞くともなく発言する。
「俗名『エコノミークラス症候群』と呼ばれているように、数時間同じ姿勢で居続けると起こるという報告があります」
 置田准教授は説明する。
「同じ姿勢で座っていれば、起こりうると?」
 思い当たるフシが有ったので恐る恐る聞いてみる。
「ええ、それに水分を摂取しないでいると余計にリスクが高まります」
 久米先生が補足する。流石は優秀かつ熱心な院生だっただけのことはある。ヒシヒシと脅威を感じたが、今はそれどころではない。
 気持ちが闇に沈んで行くようだ。
「雨宮さんは前夜に座禅を組んでいた…」
 祐樹の声も掠れた。彼は祐樹の顔を無念げに見た。
「そう…多分、それが原因だと思われる」
 無理やり絞り出した切なげな声。
「ご遺族は、どちらにご案内を?」
 力なく壁に凭れた彼を見る。術死ではなかったものの、肺塞栓症について祐樹が知っていれば防げた死亡だ。
「放射線科の控え室に来て頂いている」
 黒木准教授が術死ではなかった安堵感を滲ませて言う。
「少々お話を伺って来ます」
 放射線科は祐樹も読影の勉強に通ったこともあり、控え室の在り処は知っている。入ったことはなかったが。
 室内には3人が悲しげに佇んでいた。奥さんと、雨宮氏の若い頃はきっとこんな感じだっただろうと思わせる男性そしてその妻らしい。
「全力を尽くしましたが、この度は残念な結果になり誠に申し訳有りません」
 深く頭を下げる。祐樹が手術前夜雨宮氏の病室を覗いたのは担当医だったからだ。奥さんとは何度も顔を合わせている。
「いえ、香川教授が執刀して下さって…それでもこういう結果になったのは天命だと思います」
 ハンカチを握り締めた雨宮氏の奥さんは涙を押し隠すように無理やりに笑ってくれる。 笑顔が罵倒よりも心を締め付ける。
「担当医の田中です。息子様でいらっしゃいますか?」
 どこかのサラリーマンといった感じの温和な男性に声をかけた。年は祐樹よりも少し上だろうか?
「はい。雨宮誠と申します。こちらは妻の友子です」
 息子さんは急を聞いて駆けつけたのだろうか、この4月の爽やかな陽気に汗をかいている。友子さんは手術の時にちらっと見かけた覚えがある。きっと夫の代わりに手術の付き添いに来ていたのだろう。彼女もハンカチをしきりに目に当てている。
 死亡時の報告は執刀医の香川教授と黒木准教授に任せて出てしまった。それに祐樹はご遺族と対面するのは初めてだ。この四月から正式な医師になったばかりなので、研修医に出番など用意されていなかった。重大事には邪魔者扱いが研修医の立場だ。その方が気楽ではあったが。
 針のムシロに座るよりも良心の呵責に苛まれる。が、死亡の第一報を伝えた彼の方が祐樹の想像を絶する程辛かったハズだ。
 彼も患者さんに「死亡」を伝えるのは初めてのハズで、それも「術死」の可能性を秘めていた当時では彼の内心はいかばかりかと思う。
「それで…父の死因は分かりましたか?」
「はい。後ほど、執刀医である香川教授とMRIの専門家でいらっしゃる放射線科の置田准教授から正式なご説明をさせて頂きます。が、その前に一点だけ御伺いしたいことが御座いまして…」
「そんなに、偉い先生達が直々にいらっしゃるのですか?それは有り難いことです。はい。何なりと」
 笑わなければ泣いてしまうと言わんばかりの顔をして奥様が祐樹の顔に視線を当てた。
「ご主人は、座禅を組む習慣がお有りになったのですか?」
「はい。宗派が禅宗ですから…しかも、帰依しているお寺さんでは『座禅は長ければ長いほど功徳だ』と教えられたとかで・・・ただ、滅多に組みませんでしたが…それが何か?」
 おそらく雨宮氏は手術の前日座禅を組んだのだろう。祐樹のおぼろげな高校の日本史の授業で習った記憶では座禅は「頭を空白にする」という目的があったような気がする。
 手術前は誰でも不安になる。その解消のために無心になるために座禅を選んだ。そのことは誰にも責められない。
 責められるべきは、祐樹だ。
 そこで彼の言動に思い当たる。心当たりが有ると言った彼。そして、肺を調べるようにと指示を出していた彼。そして肺塞栓症と分かった時から壁に力なく凭れかかった彼。
 そういえば祐樹は桜を観に行く時にそのことを話題にした。彼の驚異的な記憶力でなくても覚えているだろう。
 恐らく、彼は術死ではないかと疑いつつも、肺塞栓症も疑ったのだろう。そして、祐樹が昨夜座禅について言及した時に気づくべきだったと自分を責めているに違いない。
 痛恨のあまり髪をかきむしりたい衝動に駆られる。自分の見過ごしたモノがあまりに大きすぎたことと、不用意に彼に告げてしまった二点の失策に。
「有難う御座いました。直ぐに心臓外科の香川教授と黒木准教授、そして放射線科の置田准教授が参りますので、しばらくお待ちください」
 取り返しがつかない命が祐樹のエラーによって――無知は言い訳にはならない。医師として、専門家として言い訳をしてはならない立場だ。専門が違うとはいえ、一般の人から見れば「医師」は人体の全てを知っていると思うだろうし、そうならなければならない――失われた。それに、心ならずも最愛の彼を共犯者に仕立て上げてしまった。
 MRIのモニタ室は不思議な空気に包まれていた。術死ではなかったと喜んで良いハズの香川教授の塞ぎ込んだ姿に黒木准教授や置田准教授が不審な眼差しを注いでいる。友永先生と久米先生も不可解な表情を浮かべている。
「滅多には組まないそうですが…座禅を組む時はなるべく長時間と、お寺さんに言われていたそうです」
 断腸の思いで彼に告げた。
「では、決まりだな。これは不幸な事故だ。『エコノミークラス症候群』で死亡した遺族が航空会社を訴えた例もない。患者さんは肺塞栓症の自覚症状はないので医師も見落としがちだ。冷酷な言い方だが、亡くなってから分かる病気と言っていいだろう…」
 祐樹の内心など知るべくもない置田准教授が明るい声で言い、黒木准教授に術前の画像と今の画像とを渡している。
 祐樹には「合コンを頼む」と言いたげなウキウキとした視線を送ってきたが、祐樹の顔を見て怪訝な表情に変わる。
「…挨拶は私がしますが、死因については置田准教授に説明をお願いしても宜しいでしょうか?」
 彼が壁から離れて置田准教授に言った。その表情はやはり青ざめている。
「はい。分かりました…。もともと田中先生からは心臓外科以外の人間が説明した方が良いと言われていましたし。それに術死でなかったのですから、そんなに深刻な顔をなさらなくても…」
 怪訝そうに、そして心配そうに置田准教授はどんぐり眼で彼を見遣った。
 香川教授を筆頭に准教授が後に続く。麻酔医の友永先生と研修医の久米先生は出番がないのでモニタ室に残る。久米先生は河井技師長を掴まえて何やらレクチャーを受けている。
 祐樹も准教授の後に続こうとしたのだが、彼に視線で止められた。しかし、見落としたのは祐樹だ。強い視線で彼を見詰めた。大輪の火花が散ってような視線の交錯に、先に目を逸らしたのは彼の方だった。祐樹も末尾に続く。
 置田准教授が自己紹介の後で立て板に水の説明を始める。MRI画像を指し示すと、ご遺族の三人は悲しげではあるが納得した顔つきをした。
 その瞬間、彼が口を開いた。




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こうやま みか

Author:こうやま みか
素人の完全な趣味で「ボーイズラブ」小説を書き始めました。
全然上手くないのですが、コメント頂ければとっても嬉しいです。
またヤフーブログが本館扱いで、こちらでは当面(ってイツ?)旧作を掘り起こして掲載していきたいと思います。
著作権は放棄しておりませんので、無断転載などは禁止させて頂きます。何卒ご了承くださいませ。

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