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「気分は、下克上。」医師編 春-21

 自動ドアからストレッチャーを搬送する。
 置田准教授命令で人払いされた画像診断セクションには、香川教授と黒木准教授が置田准教授と三人で向かい合っていた。
 ストレッチャーの音を聞いたのか彼がこちらを振り向いた。
 いつもより僅かに青みの勝る顔が彼の衝撃を物語っている。
 切れ長の目が祐樹を縋る表情を一瞬浮かべると、置田放射線科准教授に話しかけるために身体の位置をしなやかに反転させる。黒木准教授は走ってきたためか――なにぶん足の長さが異なるため、彼が最速の早足で歩くとなると准教授は走らなければ付いていくことは不可能だろうし、立場上「後から追いつきます」とは言えないだろう――肩で息をしていて話せるような状態ではないようだ。祐樹も3人に近づく。
「初めまして。心臓外科の香川と申します。置田准教授、この度はご無理なお願いをしてしまって大変申し訳なく思います。しかも急な話ですし、デリケートな問題でもあります。こちらの立場を慮って快諾して下さり本当に有難うございます」
 彼が丁重に頭を下げた。置田准教授はどんぐり眼をさらに大きく開けて驚いた様子だ。どうやら彼も今到着したばかりらしい。
「いえいえ・・・どういたしまして。そちらの田中先生が河井技師長を説得して下さったお陰ですよ」
 気難しげな表情で立っていた河井技師長は、祐樹を見ると「言うなよ」とアイコンタクトを取ってきた。「了解」と送る。別に誰が不倫をしようと言いふらす趣味はないし、そもそも祐樹だって公に出来ない恋愛事情を抱えている。
 彼が河井技師長の方へ歩いて行った。丁重な仕草で頭を下げてから何かを話している。多分、置田准教授に言った内容と同じような挨拶をしているのだろう。
「田中先生…驚いたな。香川教授は弱みを握られるかもしれないから…あんな丁寧な挨拶をされたのか?」
「いえ、いつもああいう口調ですが?役職は関係なく年上の方にはとても丁重な言葉遣いですし…」 
 置田准教授は36歳だったと思う。充分早い出世だが、准教授なので年下の香川教授が偉そうな口をきいても大学病院内では当たり前のこととされる。
「へぇ。もっと傲慢な、鼻持ちならない人間かと思っていたのだが。意外だな」
 放射線科に外科の人間が足を運ぶことはない。放射線科が作成した画像が外科に回されてくるのみだ。
確かに、彼の経歴だけを聞いていると――「天才」だの「ゴッド・ハンド」だの「神業」だのといった――「傲慢で鼻持ちならない」人間に思えるだろう。祐樹だって彼が帰国する前から着任後の挨拶を聞いた時はそう思っていた。今では全く逆でとても謙虚な人だと思えるが。
「それと…このMRI画像撮影は今日の日付ではなく、昨日以前の日付で事務の方に報告書を提出して頂けませんか?」
「死者には保険が効かないからか?ううむ…」
 白衣に包まれた腕を組む。河井技師長に挨拶していた彼がこちらに戻ってくる。
「頑固一徹で自分を曲げない河井技師長をスンナリ落とせた田中先生だ。しかも、ナースちゃんたちの人気は高い。合コンに参加して俺の援護射撃をしてくれるっていう条件なら」
 彼の形の良い眉毛が微かに顰められる。黒木准教授はまだ荒い息を吐いていて、会話どころではないらしい。
「いえ、私にはもう心に決めたひとが居て…指輪も渡しましたし。そのひと以外は考えられないですし、そのひとの気持ちを尊重したいのですが…合コンに参加というのは、ちょっと…」
 断れば、浅井教授まで報告が行くかも知れないと思うと祐樹も必死だ。しかし、彼の居る前で合コンに義理とはいえ参加するとも言えない。何か言ってくれと、「心に決めたひと」に目配せを送る。
「合コンですか…?田中先生は、置田准教授のために合コンの設定を?」
 彼がふんわり笑う。いつもの笑いだが少し引きつっているのは、亡くなった雨宮さんの件だと信じたい。
「実はそうなのです。救急救命室に意中のナースちゃんが居まして…美人なので競争率が高い上に合コンをしても話題がない。田中先生に手伝って頂けたらと思いまして。田中先生なら話題も豊富だし、雰囲気作りも上手そうなので」
 准教授と教授らしからぬ会話だ。ただ、裏取引を香川教授の前で明かしたというのは、置田准教授も香川教授を信頼したからなのだろう。
「合コンの援護射撃くらいのことで田中先生の『心に決めたひと』は怒らないと思うのですが…そんなに激しい嫉妬心がある人とも思えないですよ?」
「あ、ご存知ですか?」
「ご存知」も何も目の前に居る人が「心に決めたひと」なのだとは口が裂けても言えない。
「ええ、少しは存じ上げています。田中先生、この際、置田准教授に協力して差し上げては?」
 彼の表情を確かめたが、無理をしているようには見えない。
「香川教授がそうおっしゃるなら…そうします。しかし、一次会だけという条件で…」
 ここで置田准教授に恩を売っておく方が得策なのは重々承知の上だが、それでなくともショックを受けている彼に更に追い討ちをかけることはしたくはない。本当に良いの?と密かな視線を交わす。彼は幽かな微笑を漏らした。
「分かった。書類は書き換える。だが、これは浅井教授には報告しないということをお含み願いたい」
「もちろんです。こちらからの無理なお願いですから。絶対に漏らしません。ね、香川教授?」
「どうか宜しくお願い致します」
 彼も頭を下げる。浅井教授の口止めの件を置田准教授から言い出してくれて助かった。今居教授に絶対に知られてはならなかったので。
「ではご遺体をMRIの台に」
 置田准教授が水を得た魚のように指示を出す。
 黒木准教授も呼吸が元に戻ったので、久米先生と黒木准教授と祐樹と友永先生で台に載せる。
 SF映画に出て来る宇宙船の操縦席のようなモニタ群の中に入る。
「フィールドはどのように設定すれば?」
 河井技師長が置田准教授に聞く。置田准教授は香川教授の顔を見る。
「このご遺体の既往症は?」
「特にはありません。心臓冠動脈に狭窄部分が三つ。バイバスは作り上げた…つもりですが」
「では、頭部から頸部、肺尖部の高さまで含むワイドビュー。冠状断撮像でいいですか?」
「はい。特に肺をお願いします。T2強調で」
 何か気にかかることがあったのか、香川教授は心臓ではなく肺を強調した。
 河井技師長が機械設定をしていく。その手つきは寿司を握る名人のように鮮やかだ。
 MRI特有の金属をバットで叩いている音がし始めた。緑色の輝線が雨宮氏のご遺体を彩る。
 身体の中心部に磁気パルスが潜っていく。その様子を香川教授を始め、その場に居る人間全てが息を詰めて見守っている。
「あ、肺静脈に血栓が?」
 肺静脈に異常を見つけた祐樹は言った。
「ああ、これですね。肺塞栓症を起こしている」
 置田准教授が患部に磁気パルスを当てる。
「肺塞栓症とはどういうものですか?」
 心臓が専門の黒木准教授が控えめに聞く。麻酔医の友永先生を除いて、心臓には強いが他の専門分野には弱い人だ。
「いわゆる『エコノミークラス症候群』と呼ばれるものです。正式名称は『深部静脈血栓症』同じ姿勢で長時間座っていると下肢や骨盤内部の静脈に血栓が形成され、それが静脈壁から剥がれて血流に乗り肺に到達して肺塞栓症を引き起こす。その典型的な例です」
 置田准教授が説明する。
「では、心臓とは関係ないということですか?」
 掠れた声で黒木准教授が確認した。
「画像撮影お願いします。その後心臓を」
 河井技師長に指示を出した置田准教授は心臓部を見て感嘆の声を上げる。
「わぉ、綺麗な手術痕ですね、完璧だ。やはり肺閉塞症が死因ですね」
「しかし、肺の手術前画像ではこんな状態にはなかった。一体どうして?もちろん雨宮さんは飛行機には乗っていない」
 黒木准教授が不思議げに呟く。
「心当たりがあります」
 彼が静かに口を開いた。


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テーマ : 自作BL連載小説
ジャンル : 小説・文学

コメント

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No title

わあ、一体どうして?
きっとどこかに伏線は張ってあるのかも知れませんが、予測不能です。
でも、心臓手術のせいじゃなさそうでホッとしました!
こんな張りつめた状況なのに祐希に合コンの援護を頼もうとする置田准教授が何だか面白いです。

Re: No title

りりさん

> きっとどこかに伏線は張ってあるのかも知れませんが、予測不能です。

 それは嬉しいですΨ(`∀´)Ψ
 ちらっと2行くらいで伏線は張りました~☆番外編は結構その時のノリで書いているのでそんなに前に伏線を書いたわけでもないのですが。

> でも、心臓手術のせいじゃなさそうでホッとしました!

 ええ、心臓手術のせいにすると話が長くなるので、それに一応「本編」は終わっていますので~!
 今は、自分が行くわけでもない「シンガポール旅行ガイド」を読んで、そちらの方の続きの準備をしています~!

> こんな張りつめた状況なのに祐希に合コンの援護を頼もうとする置田准教授が何だか面白いです。

 医師って、生死に直面するみたいなので…一般人とはちょっとズレているようです(>△<*;)

 コメント、とても有難うございます*・゚゚・*:.。..。.:*・゚(゚∀゚)゚・*:.。. .。.:*・゚゚・
プロフィール

こうやま みか

Author:こうやま みか
素人の完全な趣味で「ボーイズラブ」小説を書き始めました。
全然上手くないのですが、コメント頂ければとっても嬉しいです。
またヤフーブログが本館扱いで、こちらでは当面(ってイツ?)旧作を掘り起こして掲載していきたいと思います。
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