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「気分は、下克上。」医師編 春-20

 可能な限りの早足で手術室まで戻る。本当は走りたかったのだが、病院の廊下はスタッフ専用通路も「歩行」が規則だ。走って誰かにぶつかると相手が何を運んでいるか分からないので危険度が増す。
 手術室への道のりが途方もなく遠く感じる。医師やナースはいつも早足で歩く癖があるので、すれ違った見知らぬ医師やナース達――ナースはともかく祐樹が知らない医師ということは、少なくとも内科のボスである今居教授の派閥の一員として祐樹がマークしている医師ではないということだ――には敢えて普通の表情を浮かべる。血相を変えて歩き回れるのは、救急救命室くらいしかない。ここで血相を変えると誰かが不審を抱く可能性もある。
 手術控え室に着いた、いつもよりも早足で歩いていたのに精神的には随分時間が掛かった気がする。ノックして入室すると祐樹最愛の彼と黒木准教授が居た。黒木准教授はいつの間に手に入れたのか、タバコの煙を窓に向けてふかしていた。確かにタバコでもないとやり切れないだろう。祐樹も吸いたい気分だったが、あいにくそんなヒマはない。
 彼は祐樹を見て無理をしているのが分かる微笑を浮かべる様子が痛々しい。
「お疲れ様です。ご遺族への説明は?」
「済ませた。ご遺族は『香川教授の執刀でも無理だったのなら、他の先生ではもっと無理だったでしょう。有難うございました』と仰って下さって、逆に居たたまれなかった…な」
 滑らかな口調で語る彼の表情に後悔の念がにじみ出ている。
「置田准教授の許可は頂きました。まだ、術死と決まったわけではありません。確かめましょう」
 力付けるように微笑みを浮かべた。
 隣の手術室に行く。研修医の久米先生が術創縫合も終えて清瀬手術室ナース長らと共に待機している。祐樹の後に彼とタバコを窓のサッシでもみ消した黒木准教授が続く。
「久米先生、お疲れ様。術創縫合に金具は一切使っていませんよね?」
 そう指示を出して手術室を後にしたが、もう一度確かめずにはいられなかった。
「ええ、もちろんです。田中先生は『オートプシー・イメージング』をお考えだろうと思いましたので。ご遺体は滅菌布に包んでありますが、それで良かったでしょうか?」
 流石に去年までは勉強熱心な院生だっただけのことはある。臨床医は目先の患者さんの手術に関しては関心を持つが専門外の医療行為に知識はなかなか吸収しているヒマがない。特に高度に細分化された大学病院ではなおさらだ。
「有難う。ストレッチャーに移してくれていたのか…」
「ええ、『金具は使うな』と田中先生が仰ったので、『オートプシー・イメージング』を想起しました。ならば、放射線科に搬送する必要があるのではないかと」
 どことなく試験官の採点を待つ学生の趣きで久米先生は祐樹を見詰める。有能で適切な処置にいたく感心したが、近いうちに強力なライバルになるなとぼんやり思う。
「助かりました。今はちょうど昼ご飯休憩のスタッフも多いハズ。スグに放射線科に運びます」
 内心の緊張を笑顔で押し隠して祐樹は言った。
「では、私と黒木准教授、ゆ…田中先生と久米先生とで搬送する」
 内心の衝撃からは立ち直っていない証拠に祐樹に対する呼称が違う。他の先生は別に不審に思っていないようだが。
「いえ、香川教授がストレッチャーに付き添っていれば必要以上に耳目を集めます。黒木准教授も同じです。なるべく目立たない方がいいでしょう。お二人は我々と別行動で放射線科にいらして下さい。久米先生と私、そして友永先生で運びます。友永先生、ご協力をお願いして宜しいでしょうか?」
 麻酔医の友永先生は香川教授の傷心を思い遣ってか、他に仕事がないだけかまだ手術室に留まっていてくれた。突然の指名に驚いた顔をする友永先生に近寄り、小声で囁く。
「ご遺体を搬送しているとスグに分かります。斎藤病院長の派閥以外の医師が通りすがらないとも限らない。・・・その時は名前と所属科を…」
「ああ、なるほどな。了解した」
 友永先生が香川教授専属の麻酔医に選ばれた要因の一つは斎藤病院長の派閥だったという。腕が良いのは言うまでもないが。斎藤病院長の派閥は最大派閥だ。が、麻酔医は数が少ないので、外科の手術は派閥を問わず駆り出される上に他科の消息にも自然と詳しくなる。反斎藤派の内科の今居教授なども、今居教授は友永先生の顔すら判別出来ないだろうが、友永先生は一方的に知っている例が多い。放射線科も同じだが、麻酔科も縁の下の力持ちの科だ。自ずから見知っている医師の数は多いし、派閥情報にも詳しくなる。
 祐樹も意識して反香川教授の医師の情報を集めているが、万全とは言いがたい。友永先生が居れば完璧だろう。
「では、放射線科で…」
既に白衣姿になっていた彼の瞳を真っ直ぐに見詰めて祐樹は言った。
 彼は切れ長の瞳を切なげに瞬かせて頷く。
 三人で雨宮さんのご遺体を載せたストレッチャーを運ぶ。一心に押しているのは久米先生で、友永先生と祐樹はスタッフ専用の廊下を歩く人間に注意を払っていた。幸いなことに今日は晴れ、しかも桜は満開だ。昼食を摂る人間はツイ外に行って食事を摂ろうと考える人が多いのか、あまり人の気配はない。ご遺体は地下の霊安室にエレベーターで直行する仕組みで、ご遺体をスタッフ専用通路で搬送することはない。病理解剖などを行う解剖室は霊安室の近くに有るので。
「田中先生」
 背後から怪訝な声で呼びかけられてドキリとする。ただその声には聞き覚えが有った。内科の内田医局長だ。
「これは…一体?」
 ご遺体を載せたストレッチャーをマジマジと見られ思わず足が止まってしまった。その間に2人の力でストレッチャーは運ばれていく。友永先生は内田先生に会釈すると、祐樹に安心しろというアイコンタクトを取る。友永先生も、内科の内田医局長が親香川派と知っているらしい。もちろん祐樹も重々承知だ。
「全てが判明すればお教えします。ところで、今居教授は今日、どちらに?」
 おぼろげな記憶からすると、どこかの学会に出席のハズだったのだが。
「ああ、病院長がニューヨークの学会に自分の取り巻きを連れて出席なさっているのは知っていますね?それにご立腹の教授は自分の取り巻きを連れてドイツのボンで行われる学会にこぞってお出かけです」
 背筋に冷や汗が流れた。
「では、今ドイツにいらっしゃる教授達は、皆さん今居教授派なのですか?」
 迂闊にも浅井放射線科教授が今居派とは知らなかった。祐樹が読影に通うだけなら派閥は関係なかったので。祐樹も手術中の患者さんの死亡に動揺して通常の判断力を失っていた。慙愧の念に堪えない。
「ああ、温度差は有りますが…そういうことですが?」
「放射線科の浅井教授も…ですか?」
 一目でご遺体と分かる滅菌布と、祐樹の顔を不思議そうに見ながら内田医局長は口を開く。
「いや、あの人は温度の低い今居派です。そもそも、今回の学会は放射線科がメインですから、それに便乗したのが今居教授」
 置田准教授への緘口令のレベルアップを決意する。
「こぞって・・・と仰いましたよね?では、今居教授派の医師は皆ドイツですか?」
「ああ、そうです」
 露見のリスクが減ったような増えたような不思議なアンバランスだ。放射線科とご遺体との因果関係に思い当たった顔をした内田医局長は思慮深げだ。
「何となく分かったような気がしますが…留守番の置田准教授は浅井教授と反りが合わないらしいですよ。余計な報告はしないでしょう。っと、食事は摂れる時に摂っておかないと」
 腕時計を見て慌しく立ち去る。余計な詮索もせず、しかも祐樹の配慮不足だった点も教えてくれた内田先生の後姿に頭を下げた。
 放射線科の入り口が見えた。いよいよ雨宮さんの死因が判明する。術死でなければいいと祈る思いだった。



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こうやま みか

Author:こうやま みか
素人の完全な趣味で「ボーイズラブ」小説を書き始めました。
全然上手くないのですが、コメント頂ければとっても嬉しいです。
またヤフーブログが本館扱いで、こちらでは当面(ってイツ?)旧作を掘り起こして掲載していきたいと思います。
著作権は放棄しておりませんので、無断転載などは禁止させて頂きます。何卒ご了承くださいませ。

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