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「気分は、下克上。」医師編 春-17

 月曜日の朝の手術、昨夜の花見やそれ以後に流れたリラックスした雰囲気は全く感じさせずに、ただ、真摯に執刀を続けている彼を見ていた。
 何時もと変わらない緊迫した空気が手術室に流れている。が、それは決して悪い雰囲気ではなく、手術室スタッフが各々の仕事に集中している証拠だった。
 祐樹は第二助手として彼の手術の補佐をしていたが。優れた手技の持ち主というのは、職種を問わず皆、芸術家のような指捌きなのだと思い知る。手術開始から特に気になることもなく、順調に進んでいる。無駄のない繊細な動きで、手術用手袋をはめた彼の手が完璧という言葉では表現出来ない緻密かつ大胆に手術をこなしていく。
 人工心肺のモーターが患者さんの命を繋いでいる。
 彼はしなやかに動かし続けた手を止めると、幽かな安堵の溜息を吐く。
「縫合終了」
「友永先生、再還流に入ります」
 麻酔医の友永先生が普段と同じ動作で、手術臨床工学士・室長の上田さんに頷きかけた。
 人工心肺が外され、心臓へ血液が流れ込む。拍動が戻るまで数分だ。
 他の同様の手術室では緊張の数分間だが、ここは日本、いや世界トップレベルの手技を誇る香川外科だ。幾分弛緩した空気が漂う。それに、彼の手術を全て見た祐樹ですら彼の手技はいつもと同じく華麗で繊細だった。
 しかし、拍動が戻らない。
 彼が幾分硬い声で言う。
「体温は?」
「36℃に復旧しています。4分経過」
 清瀬手術室ナース長も、祐樹がかつて見たことがない大粒の汗を額に浮かべて香川教授に報告している。
 脈拍を打たない血流が機械的に体内を循環している。人工心肺のモーター音が禍々しく響いた。
「友永先生、強心剤を」
「強心剤、1ショット注入します」
 友永先生は、彼が凱旋帰国するまで並行して行われる色々な手術の麻酔医として――麻酔科も慢性的に人手不足だ――綱渡りのような勤務をこなしてきた医師だ。鳴り物入りで迎えられた香川教授の手術専任になって一年。
 その一年は彼に言わせれば「香川教授のお陰さまで極楽のような勤務に戻ったよ」と少し太った身体と顔で有り難げに笑っていた。
 香川教授の顔を心配げに一瞥して、手術室の時計を見る。彼も時計を祈るように、だが怜悧な表情で見ている。時計の秒針が無情に時を刻む。そしてモーター音も。
「カウンターショック、用意」
 清瀬手術室ナース長が慌ただしく心臓に電気ショックを送り込んで拍動を取り戻す機械を握って彼に手渡す。
 患者さん――雨宮源三郎さん――の肉付きの良いチューブに縛められた身体が電気ショックで仰け反る。チューブと共に。
 しかし、拍動は、戻らなかった。手術例が香川教授より多い――そして術死を前任の佐々木教授の下で経験も豊富な――黒木准教授がどんなに手を尽くしても。
「ご臨終です」
 黒木准教授は無念そうな声で低く告げる。
 手術室が氷の沈黙に支配される。
「今回の手術でも…自分で言うのもおかしいかもしれないが…完璧だった…」
 彼の顔を窺う。平静な顔はしているが、目は虚ろな光を湛えている。精神力を振り絞って佇み、話しているのが良く分かる。
「私もそのように思えましたが」
 黒木准教授が太い首の肉を震わせて肯定の返事をする。
「私も岡目八目ながら…そのように感じました」
 友永先生が案じる口調で言い添えた。
「とにかく、ご遺族の方にご報告を…」
 黒木准教授が促す。
「少し、待ってくれ…。術前カンファレンスルームへ来て下さい」
 黒木准教授を幽かに震える手で手招きをしているが、祐樹の方にも視線を流す。「来てくれ」とのサインだった。
「第二助手の権限で、手術の後片付けを命じます。ただし、ご遺族の控え室を通る必要の有る業務は省いて下さい」
 スタッフは項垂れて静かに業務を開始した。
 術前カンファレンスルームに入ると黒木准教授は扉をしめようとした。後ろに居た祐樹は扉を開けて中に入った。
「田中先生…ここは遠慮をしてくれないか?」
「いえ、病院規定により研修医は術死に対応してはならない規則ですが、今の私は医師です。第二助手としてこの場に居る権利は持ち合わせています」
 黒木准教授は風船に入った空気がしぼむ溜息をもらした。
「忌憚なく意見を聞かせて欲しい。今日の手術に何か問題は?」
 手術中でも滅多にかくことのない汗が彼の白い額に露になって宿っている。
「いえ、手術室でも申し上げましたが、完璧でした」
 大きなお腹まで震わせて黒木准教授はテノール歌手のように断言した。
「私もいつもの手技の冴えだと思いましたが。」
「そう…か。私もそう思う。が、死亡されたのは紛れもない事実だ」
 彼は身体に激痛を感じている表情で言った。
「合併症でしょうか?」
 黒木准教授がおずおずと言った。
「いや、昨日の術前検査では全く問題がなかった。何かが有ったとすれば、私の手技が問題か、それ以外の要因だ。確かめたいのだが」
「まさか、病理解剖を?」
 首の肉がブルブルと振動している音まで聞こえてきそうな勢いで黒木准教授は横に振る。
「それしかないだろう?私の手技に至らない点が有ったかどうかを確かめるためには…」
「しかし、ご遺族の方に承諾を取るのが難しいのでは?それに、病院が病理解剖を勧めるというのは…ご遺族の方にどう受け止められるか。
『医療ミスが有ったのかも知れない』と疑われてしまい、医療裁判のリスクが高まります。
 そしてご遺族はご遺体をこれ以上切り刻まれることを情として望まないかもしれません。それでなくてもバイパス術で心臓はもとより、太ももや胃の大動脈も開けているのですよ?
 また、病理解剖は保険が利かないので病院側としては費用の約50万をご遺族の方に請求しなければなりません。これまでの入院費用…確か、雨宮さんは特診患者さんではありませんし、生活も豊かではないと聞いています…入院費用を支払って戴くことさえ気が咎めるのに…香川教授はさらに病理解剖の費用まで負担させるお積りですか?」
 彼は精神力が尽きた様子で椅子にくずれ折れた。
「そうだ…な。病理解剖の費用の件は…」
 次の言葉は容易に察しがつく。
「ともかくとして、これ以上、ご遺族の方に辛い思いはして戴きたくはない。ただ、どうしてあの手術で拍動が戻らなかったのかが…」
 彼は低い平坦な声が無理やり絞り出す口調だ。彼の頭の中では今回の手術がビデオかDVDを再生しているように再現されているに違いない。
「問題は、費用の件と解剖の件だけですか?」
 思い当たることが有って祐樹が言った。先ほどからの彼と黒木准教授のやり取りを聞いて必死に考えていた。
 伊達に救急救命室で勤務をしてきたわけではない。CT画像読影のスキルアップのために放射線科の准教授に習いに行って、教授とも親しくなっている。
「そうだが?」
 黒木准教授は怪訝な顔だ。細分化した大学病院では各々の専門分野が違えば、門外漢と同じだ。
「では、費用は5万、解剖はナシで、雨宮さんの直接の死因が分かれば、ご遺族の方には納得して戴けるでしょうか?」
 彼は椅子には座っていたが、背筋はピンと伸びている。顔は青ざめたままだったが。
「手術承諾書を頂いた時に術式説明を行った。その時は雨宮さんも、雨宮さんの奥様も息子さんもとても私のことを信頼して下さっていた――尤も、今となって、信頼は失われたかも知れないが――私から説明すれば大丈夫だと思うが…。ゆ…田中先生には何か考えでも?」
「ええ、有ります。確か、放射線科の浅井教授は海外の学会に出張中でしたよね?」
「ああ、確かドイツのボンにいらっしゃるハズだ」
 黒木准教授の方が病院内の准教授以上の動向には詳しい。白皙というより青ざめた顔の彼は何も言わず、祐樹の方を見詰めている。「大丈夫ですよ」という笑顔を投げかける。
「斎藤病院長は確かニューヨークでしたよね?これも学会で」
「ああ、そうだが。それが何か?」
「なら、大丈夫です。放射線科の准教授は説得出来ます」
 手術室のスタッフに声を掛けた。
「縫合は金具を使わないで下さい」
 彼の手術ミスかどうかは、これで分かる。手術ミスでなければいいと切実に願っていた。


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Author:こうやま みか
素人の完全な趣味で「ボーイズラブ」小説を書き始めました。
全然上手くないのですが、コメント頂ければとっても嬉しいです。
またヤフーブログが本館扱いで、こちらでは当面(ってイツ?)旧作を掘り起こして掲載していきたいと思います。
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