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「気分は、下克上。」医師編 春-1

 祐樹の研修医としてではなく正式な医師としての業務が始まった。研修医の頃は――祐樹最愛の彼がアメリカから凱旋帰国して第一助手に指名するまでは――先輩の医師やナースにこき使われる実質としては大学病院の最下層のヒエラルキーに属する身分で先輩医師や熟練のナースのオーダーをこなす体力仕事だったが、医師ともなると体力も消耗するがそれ以上に精神的にも重圧が加わる。
 祐樹最愛の彼はもっと重い責任を負っているハズなのだが、以前の手術妨害の時期を別にしてフレッシャーなど微塵も感じさせない涼やかな態度で仕事をしている上に仕事は完璧なのが祐樹にとって誇りでもあり微妙にコンプレックスを感じさせる存在でもある。
 大学病院で研修医を務めようとする人間は医療改革のせいで――現場の人間に取っては改悪だとヒシヒシと感じるが――以前のようにプライドの高い優秀な医師は私立病院や公立病院に流出することが多い。大学病院では最下層に位置し熟練のナースには叱り飛ばされたり(今になってしみじみと思うが、救急救命室の旧姓阿部――今は祐樹行きつけだったゲイバー「グレイス」の常連のバイセクシャルの杉田弁護士と結婚したが今でも救急救命室に君臨している――杉田ナースのようなベテランのナースの方が経験豊富で、その点ではなまじの医師よりも判断は適切だし教わったことの方が多い)先輩医師がツイうっかり捨ててしまったシリンジ(注射)を医療廃棄物の中から探し出したりの下っ端仕事が多かった。何が悲しくてゴミ箱漁りをしなければならないのか…と研修医の時は思ったが、一人前の医師になると、研修医の指導もしなくてはならないし、医学部生の手術引率係もしなくてはならない。幸いと言うべきか香川教授執刀の手術の時に嘔吐や失神する学部生は存在しなかったが、レポートの添削も引率係の業務だ。レポートもこの病院では未だに手書きで提出される。不備や間違いなどを香川教授に提出する前に指導しなくてはならない。他人のレポートの添削もどちらかと言えば祐樹の苦手な分野だった。
プライベートでは甘やかな満ち足りた表情を見せる彼だが仕事面では相変わらず自分にも他人にも厳しい。公私混同をしない彼のことは祐樹には好ましかったが。
 祐樹が指導するようにと最愛の彼から仰せつかったのは懐かしの久米研修医だ。彼は以前香川教授への手術妨害が有った時には院生でたまたま手術見学室に来ていて手術妨害の直接の加害者である星川ナースを自白に追い込んだ本人でもある。久米研修医は自発的に手術を見学しに来ていたという事実からも分かるように熱意もあれば腕も良い。一度だけ香川教授の手術の一部分を任されたが手際の良さやメスの冴えは祐樹も驚くくらいだった。
 祐樹の時代には香川教授の前任者である佐々木前教授の指導方針で特定の医師が研修医の面倒を見ることはなかったが、香川教授の医局改革で研修医には専属の医師が付くことになった。こういうことは医局の長である香川教授や腹心の黒木准教授が決めることなので祐樹も口出しすることは出来ない、というかしたくない。祐樹の下に久米先生を付けたのは彼が久米先生を買っているのだろうな…と思う。祐樹最愛の彼はアメリカ帰りという経歴を普段こそ片鱗も見せないが。仕事面での実力主義と合理主義だけはアメリカ式だ。
 うかうかとしていると祐樹の築き上げてきた第一助手のキャリアも久米先生に奪われるかもしれないという焦燥感は常に持っている。祐樹なりにベストを尽くしてはいるが。その久米先生は光栄なことに祐樹に憧憬の念を持っているようで事細かな質問をしてくる。敵に塩を送るようで僅かな抵抗はあったが。患者さんにしてみれば「腕が良い医師に手術をしてもらいたい」との一念だろう。香川教授の第一助手の座を――黒木准教授や柏木先生ならともかく――他の人間に譲る気持ちは祐樹には全くない。となれば、自らの腕を磨く必要も感じるわけでそんなこんなで精神的に疲れていた。
 救急救命室の手伝いに駆り出された土曜日の宿直の日、祐樹も目の回る忙しさだった。花見の時期だけに急性アルコール中毒患者も多く搬送された。こちらは杉田ナースや新米の医師に任せておけば大丈夫だったが。未曾有の不況のせいか鉄道自殺を試み片足切断を危惧された患者さんの複雑骨折をレントゲンの読影を元にメスで患部を切り裂き、出血の海の中で整復し、かつ切断された筋肉も繋ぎ合わせる治療でヘトヘトになった。が、何とか上手く行って救急救命室の鬼とまで呼ばれた杉田士長に称賛された。
 やっと引き継ぎの医師が来て、病院を出ると夜明けからしばらく経って清々しい光を放つ太陽が黄色く見えた。満開の桜も愛でる気力もない。やっと家に帰れる。それも最愛の彼の居るマンションに…そして日曜日は完全にオフだ。
 肉体の限界までの疲労と、患者さんの足を切断するという最悪の事態を回避出来た祐樹の手技に対する満足感と高揚感が、殆ど真っ白になった頭と…身体の一部が妙に興奮している。
――彼は起きているだろうか?――
 いつかRホテルで交わした約束が脳裏に生々しく蘇る。寝起きの良い彼のことだから多分玄関を開ければ起きるに違いないと思う。寝起きの良さは外科医の、いや勤務医の適正だ。彼もその例には漏れない。稀にある学会の準備や厚労省の折衝で疲れきっている時ですら眠たそうな目をしてでも祐樹が当直の朝には起きだす彼のことだから。
 祐樹が正式な医師になった時の約束も驚異的な記憶力を誇る彼のことだ。覚えているに決まっている。祐樹が救急救命室に駆り出されたのは随分久しぶりのことだった。それまでは本業の心臓外科の仕事で忙しかったのだから。そんなスケジュールも祐樹の口からも報告したし、それに何より彼は祐樹の上司なのだから勤務シフトは当然彼のパソコンにも入っているわけで。
 今朝その約束を果たして貰おうと一人ほくそ笑む。
 マンションの豪華な玄関ロビーを横切る。早朝にも関わらず美人の受付嬢が座っている。祐樹の職業も知っているので眠たげな表情も見せずに爽やかに微笑みかけてくれる。そんな微笑よりも彼の笑顔の方が余程癒されると内心思いながらも愛想よく朝の挨拶をする。
 逸る気持ちで玄関のドアを静かに開けた。もし、彼が4月の色々な行事で疲れて眠っているのだったらそのまま寝かせておこうとは思う。祐樹自身、そのくらいの理性は有る。が本能が理性を凌駕するかも知れないが。
 玄関のドアの音で目覚めたのだろう、彼が真っ白いTシャツとパジャマのズボンを身に付けて寝室から出てきた。髪の毛を乾かさないまま眠ったらしく少し跳ねている。そんな無防備で飾らない彼を見られるのは祐樹だけだと奇妙な満足感に包まれる。
「ただ今帰りました」
「お帰り…宿直お疲れ様」
 彼の髪の毛を手櫛で整える。
「ここ…寝癖がついています…よ?」
 そう言いながら彼の頭を両腕で引き寄せ、「ただいま」のキスを送る。唇を触れ合わせるだけのキス。
 彼が慌てて洗面所に向かう後姿に声を掛けた。
「Rホテルでの約束を覚えていますか?今日はそんな気分なんですけど…」
「もちろん覚えている。いつもの普段着のシャツではなくてワイシャツを着れば良いのだろう?」
 寝起きのせいか少し低いだが、艶っぽい声の後水音が聞こえた。多分ムースを使わずに水で寝癖を直す積りらしい。その後、歯磨きの気配がした。祐樹も病院から帰った後の習慣になっているアルコール消毒をするために洗面所に入る。
「夏用の薄いシャツが良いですね。白だともっと素敵だ」
 歯磨きを終わった彼は、僅かに頬を桜色に上気させ軽く頷いてクローゼットの方に向かった。これからが楽しみだ。
 心も、そして身体も。綿のように疲れた体の一部、海綿体だけが存在を訴えていた。


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テーマ : 自作BL連載小説
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こうやま みか

Author:こうやま みか
素人の完全な趣味で「ボーイズラブ」小説を書き始めました。
全然上手くないのですが、コメント頂ければとっても嬉しいです。
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