片桐を自動車で送らせると、長椅子に寛いで座り片桐のことを考えていた。胸の辺りが苦しい感じがした。決してそれは不快なものではなく、むしろ甘い感触を感じさせる。帰り道で聞いた意外な事実や、彼とのこの屋敷での会話。そういったものを反復していた晃彦は扉の向こうで自分を呼ぶ声に我に返った。キヨが夕食の支度の出来た旨を知らせるものだった。
「ああ、ダイニングに行く」
反射的に応え身支度を整えた。階下のダイニングに入ると二十人掛けのテェブルに弟の晃継だけが座っていた。二人で食事をする、普段の光景だった。それでも俺は夜会に出席する機会に恵まれている。晃継はまだまだ幼いので屋敷に1人で取り残されることが多い。そう思って聞いてみた。
「早く、夜会に連れて行ってもらえる年になりたいか」
「はい、お兄様。賑やかな場所は好きです」
笑顔が返ってきた。
片桐とは違う考えなのだな・・・と思いながらスウプを掬う。玄関から賑やかな声がした。
「あ、父上と母上が戻られた」
心から嬉しそうに晃継は言った。晃彦は父母のことよりも、片桐のことを考えながら事務的に挨拶をした。
「まああ、晃彦さん、今夜の夜会では素敵なお誘いが有ったわよ。わたくしの実家で、来週の日曜日に園遊会を開くそうなの。誰か晃彦さんのお友達を招待してくれと父様が仰っていたわ。三條様なんていかがかしら」
コティの口紅で赤く彩られた唇が賑やかな声を立てる。父も屈託なげに笑っている。二人ともポオトワインを聞こし召しているのだろう、いつもより機嫌がいい。口紅の色に合わせたルビーが煌めく。
「そうですね。考えておきます」
それだけ答えるとまるで味を感じない食事を続けた。
俺の家族は現在を楽しみ、未来を夢見ている。そうだ、過去の恨みは単にお題目で言っているに過ぎない、片桐とは違う、そう感じた。
園遊会に誘ってみるか・・・。そう思いついて母に言ったみた。
「片桐君を誘いたいと思うのですが」
その発言に、晃継以外の人間は動作を止めた。
「片桐って・・・『あの』片桐伯爵の長男ですの」
「ええ、そうです。最近、彼と親しくなりまして」
家族の反応に気づかない風を装った。
「伯爵夫人とは親しくさせていただいているのだけれど、それ以外はあまりお付き合いは遠慮したいわ、ねえ貴方」
「そうだな…片桐家と付き合うのは止めなさい」父も厳しい顔で言った。
「三條様をお誘いなさい、ね」
絶対に片桐を連れて行くと決意しながらも
「では三條君をお誘いしてみます」とだけ言った。
スポンサーサイト
テーマ : 自作BL連載小説
ジャンル : 小説・文学