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「祐樹との邂逅編」診療内科医の憂鬱ー17

 一滴の涙が落ちると、次から次へと涙の雫が森技官の顔に掛かるのを止められない。
 慌てて顔を背けようとした時、森技官の瞼が動き、黒い瞳で射すくめられた。熟睡していたハズなのに、寝起きのぼんやりしたところはどこにもない。いつもの揺るぎなく強く男性的に輝く黒い目だった。
「どうしました?御両親のことがそんなに悲しかったのですか?」
 森技官のことを考えていて……とはとても言えなくて曖昧に頷いた。人前で泣いたのは思い返せば両親の葬儀以来だった。
「立ち入ったことをお伺いしても良いですか?」
 彼には珍しく遠慮がちな口調だった。沈みがちのテノールが夜明け間近のホテルの部屋に優しくしみ込んでいく。その口調に先ほどまでのオレの心の葛藤はあっけなく崩れ、コクリと頷いた。目と目を至近距離で見合わせたまま。
 微かな空調の音がするだけの夜のしじまはオレの口を軽くする効果も有ったようだった。
 頷いたオレに優しげな微笑を浮かべた森技官の長く力強い腕がオレの身体を、彼のバスローブに引き寄せる。お互いのバスローブ超しの温もりがオレの心を落ち着かせる。先ほど服用した精神安定剤よりも遥かに効き目がある。全てを忘れてずっと、このままで居たいほど。
「そのご不幸が有った後、どのように成長なさったのですか?ご親戚の家にでも引き取って貰えたのですか……」
「母の妹に当る人が、誘って下さったんですけど。両親が命がけで残した家に住み続けることがせめてもの罪滅ぼし……そして供養になると思って……それ以来ずっと一人で暮らしています。家は父が死亡すると、残りのローンが保険金で賄えるシステムになっていましたし……。相続税も両親はキチンと考えて、高額な保険金を掛け続けてくれていました。オレ一人のために。全てを知った後で、オレの両親への反発心は尽く反省に変わりました。もっと、両親のことを知っておくべきだったと」
 森技官はオレの首にそっと手を回し、腕枕をしてくれた。そんなことをされるのは産まれて初めてで……オレの心の芯に残った頑なな氷の塊のようなものが溶けていった。
「では……約16年間の間はずっと一人暮らしですか……寂しくなかったですか?でも睦美先生なら家に来てくれる彼女には事欠かなかったかもですね」
 親身に案じているのが分かる質の良いテノールが鼓膜に浸透する。最後の言葉は、何となく軽口を叩いてオレの気分を引き上げようとする狙いがあるのでは?と専門的見地から思われた。森技官は本当にオレのことを心配してくれる感じで――たとえ、それがもしかしたら表面的なものであったにせよ――
とても嬉しかった。ついつい饒舌になる。
「付き合った女性を家に呼んだことはないですね。両親の未練というか、魂が残っている感じで……こんなことを考えるのは医師にあるまじきことかも知れませんが……真剣に愛して、生涯を一緒に過ごそうと思える女性しか家には入れたくなかったんです」
 お互いの呼吸が重なりそうな距離で、そして布越しとはいえ身体を寄せ合ったまま本音を――オレが心の奥底までを――語りたいという欲求を持ったのは初めてのことだった。腕枕をしていない手が、オレの頭皮を優しく撫でられた。
 そもそもオレは自分のことを話すのは苦手なタイプだ。いつも聞き役に徹している。仕事でもプライベートでも。その反作用として他人の不定愁訴を聞き続けるという地味な仕事に就き、それが性に合っていると思い知った。
 田中先生だって、口は固そうなのに、初対面のオレに対して職場では重大なスキャンダルになってしまうことを話してくれた。でも、オレは断片的な情報しか彼に話してはいない。
 オレはずっと一人ぼっちだった。
 ただそれが当たり前過ぎて自覚もせずにいた。気付かなかっただけなのだ。
 病院を守るために、文字通り身体を張ったのも、それがオレの最後の居場所だ――それも、そこそこ居心地の良い――からだということが今の今、くっきりと分かった。
 田中先生や、まだ直接話したことはないが、田中先生が愛するに値いすると判断した香川教授や斎藤病院長、そして他の同僚達や加藤看護師――中には守りたくないと思わせる人間も居ることは居るが――そういう人達のために。
 でも、オレにはそれしか居場所がなくて……職場を失えば、もうオレには失うものは何もない。
 でも、森技官は?
「オレはずっと一人ぼっちです。精神科の医局でも人間関係に疲れ果てて、周囲と馴染めなくて……結局、教授を激怒させてしまいました。そして『不定愁訴外来』という、全国の大学病院にもそんなに多くは存在しないブランチを立ち上げたんです」
 内心の吐露なんてオレに似つかわしくないことをしている自覚は有った。だから上手く話せているかどうかも分からない。他人のことを聞いて、その秘密を守ることは簡単なのに。
 そんなオレを森技官はどう思っているのだろうと、不安になる。他人と呼ぶには肉体が近すぎて――今日は別だが、直接素肌と素肌を触れ合わせ、あまつさえとんでもない場所に彼のモノを迎え入れている――しかし、心は全く触れ合ってはいない。心の距離は離れ離れかも知れない相手だ。オレの今までの人間関係にそんな曖昧な部分――多分、のり代のようなもの――は存在しなかった。片手で充分数えられる元恋人は「付き合って下さい」とどちらからにせよ言ってから付き合ったし。職場での人間関係は、役職や仕事内容が決まっている相手ばかりだ。
 オレの心にカテゴライズ出来ない人間は、森技官が初めてだった。
「一人ぼっちだなんて、睦美先生ほどの人がご自分を卑下するのは止めて下さい」
 森技官が凛然とした声で言う。
 オレ程の人って、一体……どういう程度の人なんだろう。
 いずれにしても、オレの部屋のパソコンで検索した結果、香川教授の公開手術はもうすぐだ。田中先生は、直ぐにでも休暇を取ってドイツに行くだろう。いかにも心臓外科医に相応しいテキパキと物事を解決しそうな彼は、この偽画像の問題を早急に処理してからベルリンへと旅立つに違いない。
 オレがすり替えた画像――今はホテルのフロントに預けてある――を明日田中先生に見せれば、きっと明日中に森技官と対決するだろう。そうなれば、森技官は東京へ――いや、もしかしたら他の大学病院に査察に入るかも知れないが――オレの前から姿を消す。この温もりも、極上の手触りも、そして何より惹きつけて止まない彼の端整な容貌と男らしい恵まれた体躯も、全てが想い出の中に埋もれてしまうのだろうか?
 それは嫌だと思ってしまうオレの心の叫びは……口に出せないままだった。
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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

こうやま みか

Author:こうやま みか
素人の完全な趣味で「ボーイズラブ」小説を書き始めました。
全然上手くないのですが、コメント頂ければとっても嬉しいです。
またヤフーブログが本館扱いで、こちらでは当面(ってイツ?)旧作を掘り起こして掲載していきたいと思います。
著作権は放棄しておりませんので、無断転載などは禁止させて頂きます。何卒ご了承くださいませ。

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