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「祐樹との邂逅編」診療内科医の憂鬱ー17

 一滴の涙が落ちると、次から次へと涙の雫が森技官の顔に掛かるのを止められない。
 慌てて顔を背けようとした時、森技官の瞼が動き、黒い瞳で射すくめられた。熟睡していたハズなのに、寝起きのぼんやりしたところはどこにもない。いつもの揺るぎなく強く男性的に輝く黒い目だった。
「どうしました?御両親のことがそんなに悲しかったのですか?」
 森技官のことを考えていて……とはとても言えなくて曖昧に頷いた。人前で泣いたのは思い返せば両親の葬儀以来だった。
「立ち入ったことをお伺いしても良いですか?」
 彼には珍しく遠慮がちな口調だった。沈みがちのテノールが夜明け間近のホテルの部屋に優しくしみ込んでいく。その口調に先ほどまでのオレの心の葛藤はあっけなく崩れ、コクリと頷いた。目と目を至近距離で見合わせたまま。
 微かな空調の音がするだけの夜のしじまはオレの口を軽くする効果も有ったようだった。
 頷いたオレに優しげな微笑を浮かべた森技官の長く力強い腕がオレの身体を、彼のバスローブに引き寄せる。お互いのバスローブ超しの温もりがオレの心を落ち着かせる。先ほど服用した精神安定剤よりも遥かに効き目がある。全てを忘れてずっと、このままで居たいほど。
「そのご不幸が有った後、どのように成長なさったのですか?ご親戚の家にでも引き取って貰えたのですか……」
「母の妹に当る人が、誘って下さったんですけど。両親が命がけで残した家に住み続けることがせめてもの罪滅ぼし……そして供養になると思って……それ以来ずっと一人で暮らしています。家は父が死亡すると、残りのローンが保険金で賄えるシステムになっていましたし……。相続税も両親はキチンと考えて、高額な保険金を掛け続けてくれていました。オレ一人のために。全てを知った後で、オレの両親への反発心は尽く反省に変わりました。もっと、両親のことを知っておくべきだったと」
 森技官はオレの首にそっと手を回し、腕枕をしてくれた。そんなことをされるのは産まれて初めてで……オレの心の芯に残った頑なな氷の塊のようなものが溶けていった。
「では……約16年間の間はずっと一人暮らしですか……寂しくなかったですか?でも睦美先生なら家に来てくれる彼女には事欠かなかったかもですね」
 親身に案じているのが分かる質の良いテノールが鼓膜に浸透する。最後の言葉は、何となく軽口を叩いてオレの気分を引き上げようとする狙いがあるのでは?と専門的見地から思われた。森技官は本当にオレのことを心配してくれる感じで――たとえ、それがもしかしたら表面的なものであったにせよ――
とても嬉しかった。ついつい饒舌になる。
「付き合った女性を家に呼んだことはないですね。両親の未練というか、魂が残っている感じで……こんなことを考えるのは医師にあるまじきことかも知れませんが……真剣に愛して、生涯を一緒に過ごそうと思える女性しか家には入れたくなかったんです」
 お互いの呼吸が重なりそうな距離で、そして布越しとはいえ身体を寄せ合ったまま本音を――オレが心の奥底までを――語りたいという欲求を持ったのは初めてのことだった。腕枕をしていない手が、オレの頭皮を優しく撫でられた。
 そもそもオレは自分のことを話すのは苦手なタイプだ。いつも聞き役に徹している。仕事でもプライベートでも。その反作用として他人の不定愁訴を聞き続けるという地味な仕事に就き、それが性に合っていると思い知った。
 田中先生だって、口は固そうなのに、初対面のオレに対して職場では重大なスキャンダルになってしまうことを話してくれた。でも、オレは断片的な情報しか彼に話してはいない。
 オレはずっと一人ぼっちだった。
 ただそれが当たり前過ぎて自覚もせずにいた。気付かなかっただけなのだ。
 病院を守るために、文字通り身体を張ったのも、それがオレの最後の居場所だ――それも、そこそこ居心地の良い――からだということが今の今、くっきりと分かった。
 田中先生や、まだ直接話したことはないが、田中先生が愛するに値いすると判断した香川教授や斎藤病院長、そして他の同僚達や加藤看護師――中には守りたくないと思わせる人間も居ることは居るが――そういう人達のために。
 でも、オレにはそれしか居場所がなくて……職場を失えば、もうオレには失うものは何もない。
 でも、森技官は?
「オレはずっと一人ぼっちです。精神科の医局でも人間関係に疲れ果てて、周囲と馴染めなくて……結局、教授を激怒させてしまいました。そして『不定愁訴外来』という、全国の大学病院にもそんなに多くは存在しないブランチを立ち上げたんです」
 内心の吐露なんてオレに似つかわしくないことをしている自覚は有った。だから上手く話せているかどうかも分からない。他人のことを聞いて、その秘密を守ることは簡単なのに。
 そんなオレを森技官はどう思っているのだろうと、不安になる。他人と呼ぶには肉体が近すぎて――今日は別だが、直接素肌と素肌を触れ合わせ、あまつさえとんでもない場所に彼のモノを迎え入れている――しかし、心は全く触れ合ってはいない。心の距離は離れ離れかも知れない相手だ。オレの今までの人間関係にそんな曖昧な部分――多分、のり代のようなもの――は存在しなかった。片手で充分数えられる元恋人は「付き合って下さい」とどちらからにせよ言ってから付き合ったし。職場での人間関係は、役職や仕事内容が決まっている相手ばかりだ。
 オレの心にカテゴライズ出来ない人間は、森技官が初めてだった。
「一人ぼっちだなんて、睦美先生ほどの人がご自分を卑下するのは止めて下さい」
 森技官が凛然とした声で言う。
 オレ程の人って、一体……どういう程度の人なんだろう。
 いずれにしても、オレの部屋のパソコンで検索した結果、香川教授の公開手術はもうすぐだ。田中先生は、直ぐにでも休暇を取ってドイツに行くだろう。いかにも心臓外科医に相応しいテキパキと物事を解決しそうな彼は、この偽画像の問題を早急に処理してからベルリンへと旅立つに違いない。
 オレがすり替えた画像――今はホテルのフロントに預けてある――を明日田中先生に見せれば、きっと明日中に森技官と対決するだろう。そうなれば、森技官は東京へ――いや、もしかしたら他の大学病院に査察に入るかも知れないが――オレの前から姿を消す。この温もりも、極上の手触りも、そして何より惹きつけて止まない彼の端整な容貌と男らしい恵まれた体躯も、全てが想い出の中に埋もれてしまうのだろうか?
 それは嫌だと思ってしまうオレの心の叫びは……口に出せないままだった。
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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

「気分は、下克上。」 春ー46

 病院長は呆気に取られた様子だったが、直ぐに笑いを浮かべた。
「そんなことを懸念なさっていたのですか?まぁ、田中先生のキャリアでは仕方ありませんね…。准教授や教授方は色々な委員会の会長などをたくさん兼務されているのが実情です。センター長もしかり。香川教授は例外中の例外です。しかし、どの教授方からも苦情が出ないのは手術が完璧過ぎるので、他の仕事をして頂くよりも手術に専念した方が病院の収益のためにも効果的だからです。田中先生は、上司の香川教授しかご覧になっていないのでそういう杞憂もお持ちになられたのではないでしょうか?」
 またまた含みのある口調で言い切られてしまった。そう言えば佐々木前教授も色々な委員会の委員長を務めていたことを今更ながらに思い出す。病院の天皇陛下と対峙するという前代未聞の出来事と、最愛の彼との真実の関係を仄めかされて平常心がどこかに吹っ飛んだらしい。
「では、エーアイセンター副センター長と心臓外科との兼務は可能ですか?」
 安堵のあまり座り心地の良いクッションにさらに沈み込みそうになる。必死に自重したが。
「ええ、もちろんです。また、副センター長は現場で働くわけではなく、組織のナンバー2です。
 何か問題が起こった時に出て行って置田センター長の補佐をすることと、手術――特に香川教授の場合は手術時間が決まっています――時間外、つまりは、病院の診療時間以外に会議に出ることが主な業務です。まあ、他にもろもろの雑事は付きまとうでしょうが…田中先生は、香川外科にはなくてはならない存在であることくらい、病院の皆が知っています。手術を最優先で構わないと置田准教授、もとい、Aiセンター長も仰っています。
 Aiセンターが出来るまでは雑用が多いと思いますが、救急救命室勤務を減らしてもやむを得ないと私も考えましたし、北教授も了解済みです。香川外科からは柏木医局長も救急救命室に出向して、一人前の救急救命医になられたことですし、最近は久米先生も救急救命室に行かれているようで、人手は足りているとのことです」
 祐樹にとって一番困ることは、最愛の彼の手術に参加出来ないことだった。それはなさそうなので、安堵の溜息を押し殺す。あからさまに表情に出してはマズい。病院の天皇だが殿様だかにこれ以上弱みを握られてはたまらない。
「それを伺って安心しました。確認ですが…私の優先順位は、1、心臓外科 2、Ai副センター長 3、救急救命室ということで宜しいのですよね?」
「ええ、それで結構です」
 ボイスレコーダーに録音しておきたい御言葉だった。あいにく持ち合わせてはいないが。畏れ多くも念書を要求出来る立場でもない。まぁ、この病院に君臨する最高権力者が約束してくれたのだからヨシとしよう。
「では、謹んでお受け致します。しかしあくまでも、私は心臓外科医ですので…その点は宜しくお願い致します」
 ソファーから立ち上がって一礼した。斎藤病院長は座ったままで頭を下げた。
「御承諾有難うございます。ええ、田中先生の所属はあくまでも香川外科です。お約束します」
 頭を下げているのに、ふんぞり返っているように見えるのはこの病院長の人徳の賜物だろう。こんなことが出来る人に祐樹が立ち向かえるわけもない。
 後は、1年生医師が医局長どころか講師まで飛び越えて副センター長になった時の怒りと嫉妬をどうやり過ごすかが問題だ。その件で最愛の彼の精神的負担にはなりたくない。祐樹が相談出来るとすれば、センター長に内定している置田准教授に相談すべきだろう。
 斎藤病院長がまだ立ち去れという雰囲気を醸し出していない。空前絶後の絶好の機会に病院の神のお考えを聴取しておくべきだと考える。
「香川教授の院内での評判はどのようなモノでしょうか?」
「香川教授も良い部下に恵まれていますね。田中先生も色々と人脈をお持ちのようですが?」
 祐樹が持っている人脈など、病院の最下層に位置する人間が殆どだ。翻って斎藤病院長は最上層の人脈も漏れなく網羅している。祐樹が聞き及べない範囲の深々度のウワサが聞けるかもしれない。
「いえ、教授連からはどのように思われていらっしゃるのか、いささか気になりまして」
 病院の最高権力者の目が先ほどとは違った友好的な光をはらむ。
「非常に良いと思いますよ。何しろ素晴らしい実績をお持ちなのに、教授連が垂涎の的である各種人気委員会の委員長に推挙されてもお断りになられます」
 断ったことが好意的に受け取られる世界なのか?と疑問に思ったが。すぐに解答らしきモノに思い至る。
「それは、委員長のポストが1つ空くからですか?」
「ええ、その通りです。厚労省主催など重要な講演会もお断りになられて…まぁ、ウチは首都にある官僚育成大学とは違って政治力ではなく実力で勝負するという気風の持ち主が多いですが…しかし、監督省庁に顔を売っておく機会があると、普通は甘い餌に飛びつくものです。事務次官とのお食事会もしかりです。実力に似合わず奥ゆかしい方だというのが専らの評判です。
 それに、彼の現場重視主義は、多くの支持者を集めています。香川外科の中だけではなく、内科の今居教授の地位も地盤沈下しているそうですし…」
 内科の今居教授と斎藤病院長とは長年に亘る確執がある。それは病院内部の人間にとっては常識だったが、そんな犬猿の仲を感じさせないさらりとした口調は流石に病院トップに君臨しているマキャベリストの風格が漂う。
「では、おおむね良好と考えて宜しいのでしょうか?」
 斎藤病院長が初めて満面の笑顔を浮かべた。
「正確に申し上げれば、大変良好です」
 さすが百鬼夜行の大学病院でここまでの地位に昇りつめたことはある。最愛の彼が就任した時に是非とも娘婿にと望み、にべもなく断られたことなどおくびにも出さない。
「そうですか…。置田准教授に御挨拶がしたいのですが…?」
 病院長がちらりと時計を見たのを潮時に、許可を求める。
「良いですよ。彼も午後は仕事――検査――が入っていないのはこちらも確認済みです。放射線科に行けばお会いになれるのでは?」
 祐樹は午後も運命のいたずらか、手術スタッフには入っていない。そのことを充分知っての発言だと分かる。――置田准教授も――というくだりだ。
 辞令を有り難く押し頂くフリをして、礼儀は誰にも文句が付けることが出来ないしぐさで院長室から出た。
 エレベーターに乗り込む前に時計を確認する。午後の手術に最愛の彼が教授室を出たかどうか微妙な時間だった。
 エレベーターに乗り込むと手は勝手に、というか本能的にと言うべきか彼の部屋の階を押していた。エレベーターの速度が妙に遅く感じる。一刻も早く彼の部屋に行き、彼の顔を見たかった。手術室に降りていっていないことを切実に祈りながらエレベーターの微振動している壁に脱力した背中を預けた。


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「気分は、下克上。」 春-45

 香川教授と祐樹の弱みを探ることは、主に香川教授が対象だったと思われる。4月の書類提出の時、3日間ほとんど睡眠も取れず集中力が途切れた時に提出を促されたのは確かだが、もう少し考えていればと臍を噛む。しかし、後悔先に立たずだ。起こってしまったことを嘆くよりも、香川外科に留まることを考えるのが建設的だ。
 祐樹が専門でもないのにAiセンター(死後画像検索センター)の人事に抜擢される切り札に使用されたのかは病院長の明晰かつ権謀術数の頭脳にのみ存在する闇の中でしかない。本人が語らなければ絶対に分からないだろう。
 そもそも切り札は一回切ればそれでジ・エンドなのに。その切り札が祐樹に降って来たのは何故だろう?
「どうして、私がそんな身に余るという言葉で表現不可能なほどの重要ポストに推挙されたのか、全く分かりません。あくまでも私は心臓外科医です」
 心臓外科医という呼称は、外科医とは違って専門性に特化した人間に与えられる。普通の病院で外科を診療しているのが外科医で症例は外科分野なら何でも扱う。たとえば最愛の彼の場合、「心臓外科医」と名乗らず「外科医」とのみ名乗るのは、自分の専門性に誇りを持っていない証拠と見なされる。――もちろん彼はそんな恥知らずの呼称は決して用いないだろうが――
 病院長の目が教え子を諭す教授のようになった。といってもこの人の肩書は教授であることに間違いはない。教授よりも病院長や医学部長が偉いので、「教授」と呼ばれないだけのことだ。
「安易に解答を求めず、自分なりにお考え下さい。これからは、医師一年目の――病院の医師としては最下層と言ってしまっては身も蓋もないですが、事実ですから仕方ないですよね?――医療従事者としてではなく管理職として周囲は見ます。まず、ご自分で判断して、その判断が間違っていないかを先輩諸氏に伺うのが一番です。長い時間を共にしている香川教授にも、答えを求めず、判断結果の是非を問う形が理想です」
 「長い時間」というのも意味ありげな言葉だ。
「そもそも、あらぬ誤解を与えたことは謝罪致します。住所の欄は『今居る住所』だと思い込んで書いてしまいました。
 また、私は救急救命室勤務のために時間が不規則で…手技の手ほどきのために上司であり、また指導医でもある香川教授のマンションに伺っても良いとの寛容なお言葉を頂いております。ですからマンションにお邪魔する機会も少なくはないです。その点は御含みおき下されば幸いです」
 多分医学部長のお考えになっていた「模範解答」通りの言葉だったのだろう。目が少し柔和な光を帯びる。
「ルース・ベネディクト博士がお書きになった『菊と刀』は当然御存じですよね?」
 記憶をスキャンする。確か、大学入試の時に読んだことが有ったような。
「『罪の文化』と『恥の文化』ですか?」
 ロマンス・グレーの頭が満足げに上下した。
「彼は批判も多いが、私は彼の思想に触れて蒙を啓かれた気がしましたよ」
 「菊と刀」の書名を聞いて、何かのワナかと身構えてしまう。文学には造詣の深くない祐樹でも、「菊」が秘められた花びらの場所の喩えで、「刀」は男性自身の象徴ということくらいは知っている。つまりは二人の関係の隠喩も含んでいるのだろうか?
 病院に君臨する天皇の啓示は現実にいらっしゃる天皇陛下の憲法上の地位と同じく象徴的だが、聞き返すと墓穴を掘りそうなので自己規制が働く。きっと「菊」は御紋章で「刀」は武士道のことだろうと無理やり納得する。が、このお言葉は大変象徴的だ、深々度の隠喩――男色の行為――までも含んでいると判断しておかればならないな…とも思う。お言葉の裏の裏まで読み取らなければならない立場にあれよあれよという間になってしまったのだと感慨にふけってしまう。
「日本人は世間の目のみを気にして行動する民族だとね。つまりは『露見しなければ恥ではなく、思い煩うことはない』と博士は述べています。私も同感です。あらぬウワサが立っても必ずもみ消すことは御約束します」
 一定の譲歩は引き出せたようだ。斎藤病院長との謁見がそうそう出来るとも思えないので、もう少し踏み込んでみようと決意する。
「確かに画像読影については勉強していますが、私の専門はあくまで心臓外科です。香川教授が執刀なさる時は第一でも第二でも構いませんので、助手を務めたいのですが、兼任は可能なのでしょうか?非力な私なりにではありますが…失敗例はありませんし、学ぶべき点も多々有ると日日実感しているものですから」
 手の平と額に汗がにじむ。背中には嫌な汗の粒が滴り落ちている。兼任は不可能だと言われてしまったらどうしよう?
 最愛の彼が追い落としの標的になった時、彼は最終兵器を持っていた。退職という。しかし、祐樹はこの最終兵器は使用出来ない。最愛の彼の傍に居たいと希求しているからだ。
 背中の汗の玉がゆっくり滑り落ちていくことを自覚しながら病院長のお言葉を待つ。



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「気分は、下克上。」 春-43

 背筋に液体ヘリウム(マイナス296℃)を注入されたかのような悪寒が走りぬけた。
――何故、この書類がここにある?3日で必死に走り回って証拠隠滅を図ったハズのこの書類がっ!――
 シリンジ(注射器)に薬液を入れるのを忘れて注射しようとした時――実際そんな初歩的なミスをしたことはなかったが。空気を注射すると患者さんは死に至る致命的なミスだ――に味わう恐怖にも似て毛根が引き攣った感じに襲われる。
 視線で許可を得て、震える指先をなるべく悟られないように書類を手に取った。
 4月に提出が義務付けられている住所・氏名・連絡先などが記入されている用紙が2枚。紙の感じが違うので、原本ではなくコピーだと分かるが、祐樹が証拠隠滅済みだと安心していたシロモノだった。
 職業柄、緊急事態が起こった時は、可及的速やかに病院へと駆けつけられるように、連絡先などは詳細に亘って記入するのが院内規則だ。現在は携帯電話を持っていない医師など居ないので、どこに居ても携帯で連絡は取れる。だが、旧国立大学病院というお役所仕事は院内のあちらこちらに名残りを留めている。
 その昔のしきたりの一つが精密な住所録だ。祐樹が最愛の彼のマンションに引っ越してからは住所も当然同じになった。
 こういうどうでもいい書類を祐樹は締切日に提出するのが通例だ。
 締切日、香川教授の第一助手として手術に入っていたが、運の悪いことに、心臓外科所属の内科医、長岡先生が――業務以外では役に立たない女医だが、仕事振りは完璧だ――が休暇を取得していた。そして、心臓を開けた途端、動揺を滅多に見せたことはない香川教授の顔に緊張が走った。手術前検査よりも遥かに体中の動脈が脆くなっていたのだから。
 綱渡りの手術だったが、何とか無事に成功させることは出来た。香川教授の手術時間は不名誉な最長記録を更新した。その前日、祐樹は救急救命室での勤務があり、心筋梗塞で搬送された患者さんと8階からの飛び降り自殺未遂の患者さんを必死の思いで救命したらすっかり朝になっていた。
 そしていつも人手不足に悩む救急救命室の夜勤が3日連続で入っていたのも祐樹にとっては災難だった。緊迫した手術が終わり、柏木医局長から「現住所と携帯及び固定電話の報告書類を提出しろ」と言われて、条件反射のように最愛の彼のマンションの住所を書いてしまった。その後、仮眠室で眠ったが、睡眠不足が少し解消されると、これはマズイと思い至った。睡眠不足で思考能力が低下していたとはいえ、迂闊なことを仕出かしてしまった。
 事務局の女性が万が一「香川教授と同じマンションと同じ部屋」であると気づく可能性に気がついて、一度は引き払った祐樹のマンションの再契約を済ませてから3日後に住所変更手続きをした。
 マンションの管理をしているのが不動産会社だったので、祐樹の不規則な仕事柄もあり、不動産会社の営業時間に間に合うことの方が珍しいのだが、色々時間を遣り繰りして最短で済ませた。そして病院の事務局の女性を言葉巧みに言いつくろって前の書類を返却してもらい――本当は出来ない規則になっているそうだが――現在事務局にある祐樹の現住所は大学時代から住んでいるマンションということになっているハズなのに。
 今は携帯電話で緊急事態になっても、即時対応は充分可能だ。
 滅多に帰らない祐樹のマンションにある電話も、携帯電話に転送可能の最新型に買い替えたというのに…。ああ、あの電話代は一体…あのお金が有れば最愛の彼にちょっとしたプレゼントも買えたというのに。それにマンションの家賃…。
「これが何か?」
 努力してポーカーフェイスを装った。
「いやぁ、私の第一秘書はなかなか優秀でしてね。事務局に提出された書類に不審な点が有ると気付いてくれました。香川教授と田中先生が同じマンションの同じ部屋にお住みになられているというのはウワサになるでしょうね…」
 必死で言い訳を考える。
「その件でしたら…私の自宅マンションの上階で配水管が故障して水漏れがしまして…その件を医局でぼやいていたら、たまたま香川教授がお見えになって…しばらくは居候したらどうかと御親切に仰って下さったので、そのお話しに甘えてしまった結果です」
 斎藤病院長は唇こそ笑いの形だが、目は細めたままだった。
「いやぁ、部下の苦境を救うとは誠に上司として素晴らしい。香川教授の部下への思いは大変感心します。いやはや、大した部下思いですねぇ。私も見習わねば」
 心底感心したように大きな笑い声を立てる斎藤病院長だったが、目は笑っていない。
「はい。私も斎藤病院長を始めとして上司には恵まれているとつくづく感謝の念を抱いている次第です」
 心にもないことを話していると、何だか大人になった気がした。といっても、魑魅魍魎が跳梁跋扈する大学病院ではこの程度の処世術は初歩の初歩だ。
「しかし、事務の女性やナースは万が一この書類がどこからともなく出回るとなれば、色々と想像力を逞しく発揮するでしょうな」
――「どこからともなく」ではなくて、お前、もとい病院の天皇の側近がリークするんだろう――と言いたいが言えるわけもない。
「想像を?部屋を貸して頂いていただけですが?」
「いやぁ、ナースはまだまだ女性が多い。女性のウワサ話は広がって行くほどにどんどん尾ひれが付くものです」
 一旦、息継ぎのためか言葉を切る。言い返そうとした矢先に、先ほどよりも低い声で言い放たれた。
「たとえば、お二人が上司と部下の関係以上であるとか。もっと密接かつ親密な関係にあるとか」
 しかも目つきも声も威圧的だ。眼の光が鋭くなっていた。最愛の彼との本当の関係を確信していることがひしひしと分かる雰囲気だった。
 こうまで追いつめられるとしらばっくれる他の方法は考えられない。



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「気分は、下克上。」 春-42

 重厚かつ豪華な部屋に朗々と御言葉が流れる。
「先ほど、田中先生にお忙しいかと伺ったところ、負担ではないとのお返事もありましたし、北教授の推薦もある。救急救命室のMRIが3ステラであることは、放射線科では周知のことですから、3ステラの熟練者であると私が紹介すれば、その点は大丈夫です」
「それはそうですが…しかし…」
 救急救命室にちんまりと備え付けてある――といっても、MRIは強力な磁場を人工的に作るので、周囲に金属を持った人が入らないように目印の結界は張ってあるが――機械がそんなに高性能とは祐樹も思いも寄らなかった。
「しかも、昨日の手術中に患者さんがお亡くなりになったアクシデントに死後画像診断を行おうと言いだされたのは田中先生だと伺っています。とっさの素晴らしい判断力は組織のサブとはいえトップとして得難い素質だと思いますが?」
 いや、その素晴らしい判断力とやらは最愛の彼をどうにかして救いたいと必死に考えた結果に過ぎないのだとは口が裂けても言えない事実だ。それに昨日極秘で行った死後画像診断の画像が病院長室にまで届くとは祐樹の想定外のことだった。
 勝手に大学病院の施設を置田准教授には合コンの餌で釣り極秘にしようと思っていたのに…。ただ、「Aiセンターを作る」とどうやら昨日決意した斎藤病院長は、香川教授の(言い出したのは祐樹だが)放射線科への協力要請は本来ならば越権行為だ。Aiセンターを作ると病院の天皇が思いつかなければ、教授会でつるし上げられる事態になっていたかもしれない。その点では殿様だか天皇だかの気まぐれで助かったとも言える。
 それにしても、アメリカに昨日まで居た人間がどうしてそんなことまで知っているのかと思うと「雲の上の人」の異名は返上した方が適切だと思う。雲の上の人は下々のことなど把握しなくても良いハズだ。多分病院内のあちこちにアンテナを張ってあるに違いない。誰が漏らしたのか聞きたいが、聞ける身分でもない。
「主治医として死因を究明しようとしたその心構えもご立派です。現在、死因が特定出来るのは日本国の場合20%未満ですからね。その点では先進国として情けない限りです。だから医師が『心不全』だとか『心肺停止』だとか当たり前のことを死亡診断書に書くしかない。
 そんな大きな軋みの存在する医療現場の現実に誠実に対応しようとなさった香川教授も立派ですが、そのための助言をなさった田中先生を高く買っているのですよ」
「はあ、それは有難うございます」
 高く買われなくても良い、ただそっと香川外科に居たいだけだと言いたいが言えるわけもなく、曖昧に返事をするしかなかった。
「先ほど、田中先生は『執刀医の責任ではありません。主治医としての私の責任です』とも仰っていましたね?」
「はい…確かにそう申し上げましたが…しかし…」
 何とか突破口を見出そうとするが、頭の中では「晴天の霹靂」の墨書きが踊っていて考えがまとまらない。
「主治医としての責任を全うされた。しかも指導医である香川教授の責任には一切言及されていらっしゃらない。普通は指導医に責任の一端を担わせようとするものです。上司に対して実に忠実な親愛の情をお持ちのようですね。これもまた素晴らしい。そうそう、香川教授のお名前で思い出しましたが…」
 斎藤病院長の重厚な顔が複雑なニュアンスを帯びる。しかも気のせいでなければ「親愛の情」の部分にビブラートがかかっていたような気がする。
「教授が何か?」
 これも何かの布石に違いないとは思いながらも聞き返さずにはいられなかった。
「ご存知のように手術の方は完璧で、私や佐々木前教授が予測していた以上の業績を上げておられます。まさに神業と呼ぶに相応しい仕事振りには私も驚嘆のため息を付かざるを得ません。
 しかし、教授方の垂涎の的である各種委員会の委員長のポストをことごとく謝絶なさっていらっしゃいます。しかもその上、病院の監督省庁である厚労省の事務次官との親睦を兼ねた月に一度のお食事会に――各大学病院に病院長ともう1人という内訳の2人の枠が存在するのですが――他の教授をお誘いの病院内メールをお出しすると1分以内に「出席」のメールが返信されるのが常なのですが…香川教授だけは1分以内に「欠席」のメールが届くという、極めて異例の方です。手術や診察が終わると――まあ、その仕事内容は「素晴らしい」の一言に尽きますが――そそくさと御帰りになられる。まるで自宅に待っている恋人が居るかのようですね」
 委員会や食事会の件は初耳だったが、最後の言葉が意味深だった。
「手術や診断こそが外科医としての務めであるとお思いになっているのでは?委員会やお食事会の候補などたくさんいらっしゃると拝察しますが。
 それに、香川教授は独身です。恋人が居ても何の問題もないと思います。そこまで口出しなさるのはプライバシーの侵害ではありませんか?」
 ささやかながらも一矢を報いる。
「そう、香川教授は独身ですね。妻の座を狙っていた准教授も実際にいたと聞いていますし」
 のんびりとした口調に祐樹の胸に苦いモノがこみ上げる。産婦人科の准教授のことを指しているに違いない。あの事件ではどれほどヤキモキさせられたか。名前を思い出すだに腹立たしい。しかし、そんな瑣末なことまでご存じとは…。病院の天皇と呼ばれている人がナゼ下々のゴシップのまで詳しいのだろう。
「それに、教授夫人という権力的な面だけでなく、私から見ても非の打ちどころがない容姿の持ち主の心を射止めたいと野望をお持ちの女性は多いですよ。特に医局の先生方にはね」
「容易に察しはつきますが、それが何か?」
「そうそう、それに田中先生も主にナースの間で人気ナンバー1だそうですよ。何でもナース有志連合が毎年人気投票をしているそうで。もちろん口コミでこっそりとのようですが。
 いやぁ容姿に恵まれた方というのは実に羨ましい。最近ナースの在籍数も病院の査定の対象になりましたから、看護学校や看護学部のある大学を回る時にはどちらかに同行をお願いしたいくらいです。きっとウチの病院を志願してくれる学生さんが増加するでしょう」
「いえ、香川教授はともかく私などはとてもお役に立たないと存じますが」
 一体、この下々のウワサまでも――しかもナースの裏で密かに行われたという人気投票の結果すら――網羅している天皇陛下は何を意図してこんな話をしているのだろうと背筋がゾクゾクする、もちろん悪い意味でだが。 
「当病院きっての人気を誇るお二人が実はこういう関係だと知れ渡ったら、あらぬ憶測を呼んでしまい、きっと黄色い悲鳴が飛び交うでしょうね。ゴシップの種は皆、大好きですからね。下らぬことを勘ぐる人間も多いと思いますよ」
 俊敏な動作で立ち上がった斎藤病院長は二枚の紙を差し出した。
 その書類を見た瞬間、背筋に氷点下の悪寒が走った。




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プロフィール

こうやま みか

Author:こうやま みか
素人の完全な趣味で「ボーイズラブ」小説を書き始めました。
全然上手くないのですが、コメント頂ければとっても嬉しいです。
またヤフーブログが本館扱いで、こちらでは当面(ってイツ?)旧作を掘り起こして掲載していきたいと思います。
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